今日のことば

2/23 月曜日

衆生(しゅうじょう)本来仏なりの自覚

比叡山で開かれた宗教サミットに中国から参加された天台山国清寺(こくせいじ)の唯覚(ゆいがく)法師から、見事な書を頂戴しました。「昔日霊山同聴法華(せきじつりょうぜんどうちょうほっけ)」としたためられた軸で、その言葉の意味を唯覚法師は、「私たちはみな昔、霊鷲山(りょうじゅせん)でお釈迦さまの説法を一緒に聴聞(ちょうもん)した兄弟同士なのです」と、説明してくださいました。その説明をされる唯覚法師の顔は、心からのうれしさに光り輝いていました。

「衆生本来仏なり」で、私たちはみな仏さまの子ども同士です。そのことが本当に自覚できると、毎日がガラリと変わってしまうのです。

仏である自分が我(が)を出して、欲ばったり、怠けたり、愚痴をこぼしたり、人を恨んだりしてはいられません。「なにか、人さまに喜んでもらえることをさせてもらわなくては」という心が、ふつふつとわいてきます。

初めから本物になる人はいません。最初は、真似ごとでもいいのです。それを繰り返し繰り返し続けていくと、それが習い性となって、身についてしまいます。いつのまにか本物になっているのです。

庭野日敬著『開祖随感』第7巻 246~247頁より
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