今日のことば

2/13 金曜日

無言の声を聞く

山に生えている木を見ても、まっすぐに伸びたり幹をくねらせたりして、さまざまなことを訴えているのですが、私たちはふだんそれに気づきません。

周囲の人たちに対しても同じで、健康なときは病人を見ても痛くもかゆくも感じませんし、若い人は老人の姿を見ても、自分とは関係ないもののように思っています。しかし、それでは本当のものは、なにも見えてこないのです。

良寛さんは「君看(み)よ双眼(そうがん)の色、語らざれば憂(うれ)い無きに似たり」という言葉を愛されて、書にも残されていますが、聞こえない声に耳を傾けてこそ、仏さまの慈悲の説法が身にしみてきます。

私は農家の生まれで、稲の苗を植え、豆をまき、サツマイモを植えつけ、いろいろな作物を育ててきましたが、細かな心くばりをして、肥(こ)やしをあげると、作物もこっちの心が分かって、ぐんぐん伸びていきます。慈悲心を持つと、作物の訴えが聞こえてくるのです。

こちらに愛情がないと、どんな作物もよく育ちません。慈悲心がなくては、人のさまざまな訴えも世界の苦悩も身に感じることができないのです。

庭野日敬著『開祖随感』第7巻 210~211頁より
TOPへ戻る