沿革 1938-1957
1938-1957方便教化(ほうべんきょうけ)の時代
庭野日敬開祖と長沼妙佼脇祖の信仰指導によって、多くの人びとが「貧・病・争」の苦しみから救われ、仏道に導かれていきました。当時の日本は第2次世界大戦の影響で多くの人びとが苦しい生活を強いられていました。そのため会員の多くは現実的な救われを求めて修行に励んでいました。この時期を教団では『方便教化の時代』と位置付けています。
1938(昭和13)年
3.5
庭野日敬開祖が長沼妙佼脇祖と共に「大日本立正交成會」を創立
杉並区和田に本部を定め、本尊を勧請(写真は1942年のもの)
3.20
庭野浩一(現、庭野日鑛会長)が誕生
1945(昭和20)年
11.15
本尊「久遠実成大恩教主釈迦牟尼世尊」を尊牌形式で勧請
1948(昭和23)年
8.11
宗教法人令により、宗教結社「大日本立正交成會」から宗教法人「立正交成会」となる
9.6
本部道場(現・発祥の地修養道場)の上棟式
本部道場(現・発祥の地修養道場)の上棟式
1949(昭和24)年
8.28
青年部(のちの青年本部)が発足
開祖と初期青年部員
1951(昭和26)年
10.17
新日本宗教団体連合会(新宗連)が発足、本会も加盟
1952(昭和27)年
6.14
長沼基之が初代理事長に就任
1957(昭和32)年
9.10
長沼妙佼脇祖が遷化。満67歳