会長法話
機関紙誌『佼成』に掲載されている庭野日鑛会長の法話をご紹介します。
会員は、その月の会長法話をとおして、日ごろの自己を省み、精進を誓う機会としています。
会員は、その月の会長法話をとおして、日ごろの自己を省み、精進を誓う機会としています。
2021年12月
会長法話
心の声に耳を澄まそう
小さなことにとらわれがちな私たちにとって最高の懴悔は、「実相を観ること」と仏説観普賢菩薩行法経(観普賢経)にあります。では、ものごとの真実の相を観るとは何をどう観ることで、それがなぜ心を調える懴悔となるのでしょうか。そして、懴悔の身近な実践法とは……。前号に続き、観普賢経に基づくご指導をいただきます。
2021年11月
会長法話
なぜ、反省が必要なのか
一般に反省や懺悔は、失敗や過ちの結果として求められる負のイメージがあります。では、人間にとって反省や懴悔の意味はどこにあり、信仰の世界ではなぜそれらを重視するのでしょうか。俗に懴悔経といわれる仏説観普賢菩薩行法経の教えをとおして、反省・懺悔の意味と功徳、実践についてご指導いただきます。
2021年10月
会長法話
原点に帰ろう
私たちの仏道精進も、慣れてくるとわかったような気になって、初心を忘れがちです。普賢菩薩勧発品は、法華経の教えの総まとめともいえる品ですが、その教えを手がかりに、いつでも、何ごとにおいても、原点に帰って学びを深めることの意義や、日常のなかで初心を保つための身心の姿勢をご指導いただきます。
2021年9月
会長法話
善い縁を結ぶために
私たちは日々、さまざまな人やものごとに遭遇します。そのすべてを善きご縁にしたいと願いますが、そうはいかないのが現実です。では、善縁とはいかなるご縁なのでしょうか。法華経・妙荘厳王本事品をたよりに、善縁とは何か、そして出会うご縁を善きものにする心と実践とは何かについてご指導いただきます。
2021年8月
会長法話
心の隙間を埋める
仏さまのご守護をいただきたいときなどに、よく法華経の陀羅尼品を読誦したりしますが、そもそも陀羅尼とは何でしょうか。また、私たちはなぜ陀羅尼を唱えるのでしょうか。今号では、陀羅尼の意味あいとともに、心の緩みに「魔が差す」ことの多い日々の生活における陀羅尼の活用についてご指導いただきます。
2021年7月
会長法話
慈しみの眼をもって
法華経の観世音菩薩普門品(観音経)を手がかりに、前号では「観音さまを念ずる」ことの意味をご指導いただきました。今号では「慈眼をもって衆生を視る」の一節をとおして、私たち一人ひとりがどのように人さまを見て、接していけば「無量の福があつまる」社会を築く一助となるかについてご指導いただきます。
2021年6月
会長法話
観音さまを念ずる
法華経・観世音菩薩普門品(観音経)は、一心に観音さまを念ずれば救われるという教えの魅力から多くの信仰を集めています。では、観音さまを念ずるとは何を念ずることなのか──観音経が法華経のなかにある意味と功徳とともに、観音経をとおして私たちが学ばせていただくことは何かをご指導いただきます。
2021年5月
会長法話
ていねいに暮らす
私たちは、あの人もこの人も大事であり、どんなことも神仏のお手配と教えていただきます。しかし、実際にはすべてに心をこめて接することができません。その理由とともに、人やものごととていねいに接し、日常の一コマ一コマに心をこめていくための身心の姿勢を、法華経・妙音菩薩品の教えをとおしてご指導いただきます。
2021年4月
会長法話
いまをともに生きる
法華経・薬王菩薩本事品には、身をもって教えを実践することの大切さとともに、そのことが自他の幸せや喜びにつながることが説かれています。コロナ禍で人さまとのかかわりが難しいなかにあって、信仰をもつ私たちはどのような心で、何を実践することが大切なのかをご指導いただきます。
2021年3月
会長法話
信じて任せる心
法華経・嘱累品には、釈尊が菩薩たちを信じて、教えを後世に伝えるよう託す一節があります。現実の社会において、いまは人を「信じて」「任せる」ことが難しい時代です。そうしたなかでも、人さまと「信」を深めて生きることの大切さとその功徳、実践するうえで必要な姿勢をご指導いただきます。
2021年2月
会長法話
人さまに喜ばれる人に
「神通力」というと、一般に人知を超えた特別な能力をいいます。また、経典には、仏さまは神通力をもって衆生に真の喜びを与えてくださるとあります。では、世俗に生きる私たちにとって、神通力とはどのような意味あいをもっているのでしょうか。法華経・如来神力品の一節をとおして、自他を幸せにする「神通力」とは何かをご指導いただきます。