法華経のあらましと要点

この品(ほん)には、このお経(きょう)に説(と)かれた教(おし)えを理(り)解(かい)し、実(じっ)践(せん)すれば、どんな精(せい)神(しん)的(てき)な功(く)徳(どく)があるか、どんな善(よ)い行(おこ)ないができるか、どんなに世(よ)のためひとのために役(やく)立(だ)つことができるかということが説(と)かれてあります。
まず大(だい)荘(しょう)厳(ごん)菩(ぼ)薩(さつ)が、「この教(おし)えはどこから出(で)て、どういう目(もく)的(てき)へむかってすすみ、どこに住(す)みつくのでございましょうか」という質(しつ)問(もん)をもうしあげたのにたいして、つぎのようにお答(こた)えになります。
｢この教(おし)えの源(みなもと)といえば、ほかでもありません。諸仏(しょぶつ)の心(こころ)の奥(おく)から溢(あふ)れ出(で)たものです。なにを目(もく)的(てき)として説(と)かれたのかといえば、それは一(いっ)切(さい)の人(ひと)びとに最(さい)高(こう)無(む)上(じょう)の悟(さと)り（仏(ほとけ)の智(ち)慧(え)）を求(もと)める心(こころ)を起(お)こさせるためです。また、この教(おし)えはどこに住(す)みつくのかといいますと、人(ひと)びとが菩(ぼ)薩(さつ)行(ぎょう)を行(おこ)なうその実(じっ)践(せん)の中(なか)にこそ住(じゅう)するのであります｣

諸(しょ)仏(ぶつ)の願(ねが)い

諸(しょ)仏(ぶつ)の心(こころ)の奥(おく)というのは、〈すべてのものの生命(いのち)を、そのほんらいのすがたのとおり、ほんらいの使(し)命(めい)のとおりに生(い)かしたい〉という願(ねが)いです。これは諸(しょ)仏(ぶつ)がもっている根(こん)本(ぽん)の願(ねが)いであって、人(にん)間(げん)もその諸(しょ)仏(ぶつ)の願(ねが)いに即(そく)して生(い)きていけば悩(なや)みもわずらいもないはずですのに、わがままな〈我(が)〉にとらわれ、その我(が)執(しゅう)にしたがって行(こう)動(どう)するために、みずから苦(く)悩(のう)を招(まね)いているわけです。
諸(しょ)仏(ぶつ)の悟(さと)りとは、〈この世(よ)の万(ばん)物(ぶつ)・万(ばん)象(しょう)がほんらいの使(し)命(めい)のとおりに存(そん)在(ざい)し生(い)きる道(みち)を、あらゆる場(ば)合(あい)に即(そく)して悟(さと)られたものである〉ということができるのです。
これを人(にん)間(げん)に即(そく)して、一(いち)言(ごん)でいえば、〈あるがままに生(い)きる〉というほんとうの生(い)きかたを悟(さと)られたわけです。ところが、凡(ぼん)夫(ぷ)にはどうすれば〈あるがままに生(い)きる〉ことができるのか、よくわかりませんので、お釈(しゃ)迦(か)さまは、それぞれの人(ひと)の場(ば)合(あい)に応(おう)じ、さまざまに説(と)き分(わ)けて、それをお教(おし)えになりました。それを〈方(ほう)便(べん)の教(おし)え〉といいます。
〈方(ほう)便(べん)の教(おし)え〉もひじょうに尊(とうと)い、ありがたいものでありますけれども、それだけでは、その人(ひと)の環(かん)境(きょう)や立(たち)場(ば)に変(へん)化(か)が生(しょう)ずれば、その場(ば)の事(じ)情(じょう)にピタリと当(あ)てはまらないことが起(お)こり、当(とう)惑(わく)することもありえます。

菩(ぼ)提(だい)心(しん)を起(お)こさせる

それゆえ、心(こころ)ある人(ひと)は当(とう)然(ぜん)、〈いかなる人(ひと)のいかなる場(ば)合(あい)にもあてはまる最(さい)高(こう)無(む)上(じょう)の真(しん)理(り)〉を求(もと)める心(こころ)を起(お)こすことになります。それを〈菩(ぼ)提(だい)心(しん)を起(お)こす〉といいますが、この〈無(む)量(りょう)義(ぎ)〉の教(おし)えは、その菩(ぼ)提(だい)心(しん)を起(お)こすことを目(もく)的(てき)としているのだとおおせられているわけです。

実(じっ)践(せん)してこそ真(しん)価(か)を発(はっ)揮(き)する

つぎに、この教(おし)えはどこに住(す)みつくのかというのは、つまり、この教(おし)えはどこにいるのがほんとうか、どこにおればもっとも真(しん)価(か)を発(はっ)揮(き)するかということです。その住(じゅう)するところは、書(しょ)物(もつ)のなかでもありません。頭(ず)脳(のう)のなかでもありません。実(じっ)践(せん)のなかにこそあるのです。実(じっ)践(せん)してこそ、この教(おし)えの生命(いのち)は発(はつ)現(げん)するというのです。
以(い)上(じょう)の三つのことは、たんに無(む)量(りょう)義(ぎ)の教(おし)えばかりでなく、あらゆる大(だい)乗(じょう)の教(おし)えに共(きょう)通(つう)の重(じゅう)大(だい)な要(よう)素(そ)ですから、ここでしっかり頭(あたま)に入(い)れておくことがかんじんです。
それから、お釈(しゃ)迦(か)さまは、この教(おし)えのもつ十(じゅう)の功(く)徳(どく)をお説(と)きになるわけですが、なかでもつぎの第(だい)一の功(く)徳(どく)がもっともたいせつです。
〈第(だい)一に、是(こ)の経(きょう)は能(よ)く菩(ぼ)薩(さつ)の未(いま)だ発(ほっ)心(しん)せざる者(もの)をして菩(ぼ)提(だい)心(しん)を発(おこ)さしめ、慈(じ)仁(にん)なき者(もの)には慈(じ)心(しん)を起(おこ)さしめ、殺(せつ)戮(りく)を好(この)む者(もの)には大(だい)悲(ひ)の心(こころ)を起(おこ)さしめ、嫉(しっ)妬(と)を生(しょう)ずる者(もの)には随(ずい)喜(き)の心(こころ)を起(おこ)さしめ、愛(あい)著(ぢゃく)ある者(もの)には能(のう)捨(しゃ)の心(こころ)を起(おこ)さしめ、諸(もろもろ)の慳(けん)貪(どん)の者(もの)には布(ふ)施(せ)の心(こころ)を起(おこ)さしめ、憍(きょう)慢(まん)多(おお)き者(もの)には持(じ)戒(かい)の心(こころ)を起(おこ)さしめ、瞋(しん)恚(に)盛(さか)んなる者(もの)には忍辱(にんにく)の心(こころ)を起(おこ)さしめ、懈(け)怠(だい)を生(しょう)ずる者(もの)には精(しょう)進(じん)の心(こころ)を起(おこ)さしめ、諸(もろもろ)の散(さん)乱(らん)の者(もの)には禅(ぜん)定(じょう)の心(こころ)を起(おこ)さしめ、愚(ぐ)癡(ち)多(おお)き者(もの)には智(ち)慧(え)の心(こころ)を起(おこ)さしめ、未(いま)だ彼(かれ)を度(ど)すること能(あた)わざる者(もの)には彼(かれ)を度(ど)する心(こころ)を起(おこ)さしめ、十(じゅう)悪(あく)を行(ぎょう)ずる者(もの)には十(じゅう)善(ぜん)の心(こころ)を起(おこ)さしめ、有(う)為(い)を楽(ねが)う者(もの)には無(む)為(い)の心(こころ)を志(こころざ)さしめ、退(たい)心(しん)ある者(もの)には不(ふ)退(たい)の心(こころ)を作(な)さしめ、有(う)漏(ろ)を為(な)す者(もの)には無(む)漏(ろ)の心(こころ)を起(おこ)さしめ、煩(ぼん)悩(のう)多(おお)き者(もの)には除(じょ)滅(めつ)の心(こころ)を起(おこ)さしむ。善(ぜん)男(なん)子(し)、是(こ)れを是(こ)の経(きょう)の第(だい)一の功(く)徳(どく)不(ふ)思(し)議(ぎ)の力(ちから)と名(なづ)く〉
意(い)味(み)はもうよくおわかりのこととおもいますが、なぜ《無(む)量(りょう)義(ぎ)経(きょう)》の教(おし)えにそのような功(く)徳(どく)があるのかという理(り)由(ゆう)を、よくわきまえておくことがたいせつだとおもいます。