約20年にわたるスリランカ国内紛争の解決に向け、同国仏教4法王の連名による平和共同宣言文「東京声明」が6月3日午後、東京・新宿のセンチュリーハイアット東京で同国仏教法王ら一行から世界に向けて発表されました。同国仏教4法王が共同でこうした表明をするのはスリランカ史上初めてのことで、同国内にも波紋を広げています。仏教徒が多数を占めるスリランカでは、仏教指導者の言動が大きな影響力を持っています。今回、仏教4法王が和平への明確な意思表示をしたことは、今月中にも行われるスリランカ政府とタミル人反政府組織との第1回和平交渉の行方に大きな影響を与えると見られます。同仏教法王の来日は、本会がコーディネートし、WCRP(世界宗教者平和会議)日本委員会、全日本仏教会と協力して実現しました。本会では、今回のケースを宗教、特に仏教による紛争和解への貴重な取り組みとしてとらえ、今後、スリランカ国内の情勢を注意深く見守りながら、同国の和平促進に向けて支援していく考えです。仏教法王は5月30日に来日し、6月6日までの滞在中、本会布薩の日式典に参加したほか、庭野日鑛会長や日本政府関係者らと懇談しました。(委任状提出者を含む)が参加、本会から庭野会長(新宗連副理事長)はじめ酒井教雄参務(同財務委員長)らが出席しました。
スリランカでは、1980年代はじめに政府とタミル人反政府組織「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」との内戦が始まり、7万人近い犠牲者を出しました。昨年12月、和平推進派政権が誕生したのを機に暫定的停戦協定が成立しました。今月中には両者の第1回直接和平交渉が行われる見通しで、国民の間に和平への機運が高まっています。
仏教4法王による共同声明発表は、今年2月、「立正佼成会上座部仏教調査」のため同国を訪問した杉野恭一・WCRP国際委員会事務総長補(本会から出向)が、仏教4法王とそれぞれ会談し、和平実現に向けた宗教者の連帯を求めたのがきっかけです。会談の中で仏教法王は一様に連帯の申し出に賛意を示すと同時に、仏教伝統を共有し、経済的にも結びつきの強い日本に深い「仏縁」を感じていると言明しました。また、スリランカの和平に向けて、本会をはじめとする日本の仏教徒や日本政府による支援に期待を寄せ、仏教法王の来日が実現しました。
今回来日したのは、スリランカ仏教僧伽4大組織から、シーアン教団アスギリヤ派法王のウドゥガマ・スリ・ブッダラキッツァ猊下、ラーマニア教団法王のウェウェルデニヤ・メダランカラ・マハナヤケ猊下、アマラプラ教団法王特使(同教団事務総長)のコツゴダ・ダーマワサ大僧正、シーアン教団マルワット派法王特使のセネヴィラトネ・アヌラダ教授など一行10人です。仏教徒が7割を占める同国では、仏教法王は国民の精神的支柱であり、その言動は国の政策決定にも大きな影響を与えます。
「東京声明」の中で仏教4法王は、1951年のサンフランシスコ対日講和会議の席上、スリランカの故ジュニアス・リチャード・ジャヤワルナダ大統領(当時財務大臣)が「恨みは恨みによって止むことなく、慈愛によってのみ止む。これが永遠の法である」という法句経の一節を引用し、日本に戦争賠償金を求めないと宣言した歴史を紹介しながら、スリランカと日本はこれまで深い友好関係を築いてきたと指摘しました。その上で、現在スリランカが歴史上非常に重要な局面にあると言及し、スリランカ仏教僧伽は同国政府による和平への取り組みを支持すると言明しています。また、日本国民と国際社会に対して、和平に向けた道徳的、政治的、精神的、物質的な緊急支援を要請しています。
仏教法王による共同宣言発表のニュースは、メディアを通してスリランカ国内にもいち早く伝えられました。このうち、スリランカの「デイリーミラー」紙は1面トップで大きく報道するなど、同国内でも大きな反響を呼んでいま。
本会では、宗教による紛争和解と同時に、仏教間対話という観点からもスリランカ仏教僧伽との関係をさらに深め、同国の和平実現に向けて積極的に役割を果たしていく意向です。
スリランカ仏教法王共同声明(全文)
日本政府ならびに日本仏教界の指導者の皆様、日本国民の皆様、日本ならびに海外の報道関係者の皆様、スリランカ仏教法王ならびにスリランカ国民を代表して、仏法僧の三宝の恵みが皆様方に与えられますことを祈念いたします。
スリランカと日本は今年で国交樹立50周年を迎え、今日まで深い友好関係を築いてまいりました。こうした両国の友好関係が生まれる発端となったのが、1951年9月、サンフランシスコ対日講和会議の席上、故ジュニアス・リチャード・ジャヤワルダナ大統領が、敵意を捨てて、日本を第二次世界大戦後の国際社会の重要な一員として受け入れるべきであるとした、有名な言葉であります。
ジャヤワルダナ大統領は、法句経から次の言葉を引用されました。「恨みは恨みによって止むことなく、慈愛によってのみ止む。これが永遠の法である」と。
スリランカは今日、その歴史の中で、非常に重要な局面を迎えています。スリランカ政府と少数派タミル人反政府ゲリラとの間で停戦協定が結ばれ、2002年6月、タイにおいて、最初の直接和平交渉が実現しようとしているのです。日本とスリランカの国交樹立50周年に際し、スリランカ仏教法王ならびにスリランカ国民を代表して、わが国と最も友好関係の深い日本の皆様に、我々が直面する重要な局面を乗り切るための力強いご支援をお与えいただきたいのです。
我が国のラニール・ウィクラマハシンハ首相とその政府は、タミル人反政府運動を平和的手段によって解決し、スリランカの国家としての一体性を保持しつつ、すべての民族が尊重され、尊厳を認められ、平等の権利を保障される紛争解決に向けて全力を傾けています。
2001年12月5日の総選挙以後、スリランカ政府とタミル人過激派タミル・イーラム解放の虎は、停戦状態に入り、2002年2月22日には、ノルウェー政府の仲介のもと、相互停戦協定が結ばれました。
停戦は、今日まで4カ月続き、スリランカ国民の間には、近い将来スリランカの平和と発展が現実のものとなるであろうといった、和平への気運が高まってまいりました。
現在までにほとんどのチェックポイントは解除され、人々の間には、状況がよい方向に進んでいくであろうとの期待感が高まりつつあります。また、スリランカ北部のジャフナ半島へも、タミル人、シンハラ人、イスラム教徒が、反政府ゲリラ支配地域を通って、自由に行き来できるようになり、人々が直接対話し、交流をもてるようになってまいりました。スリランカ北部とそこに住む人々は、約20年間に及ぶ戦争のために、スリランカ本土とそこに住む人々と、完全に切り離されてきたのであります。
私たち仏教法王は、スリランカ国家の擁護者であり、スリランカの平和と発展に深い関心をもっております。我々は、スリランカの歴史上、最も重要な局面にある今、日本という、宗教的にも、政治的にも、経済的にも、深い絆で結ばれた国の仏教徒の兄弟姉妹の皆さんと友人の皆様に、我々の関心事をお伝えさせていただきたいとの目的で訪日いたしました。
我々から日本の兄弟姉妹の皆様と国際社会に対して、特にお伝えしたいことが3つあります。
まず第1に、スリランカ仏教僧伽は、同国の平和と発展を支持しているという紛れもない、明白な立場であります。仏教徒と称して、反和平の行動を取る一部の少数派は、決して、平和を希求するスリランカ仏教徒を代表するものではありません。スリランカ国民は平和と発展を望んでいるのです。
第2に、我々は、スリランカ政府により現在進められている和平のための取り組みを支持し、そうした取り組みが政治的立場の相違や政党の枠を超えて支援される環境を醸成するために努力する所存であります。なぜなら、戦争により、あまりにも多くの苦痛と苦悩を受けてきたのは、シンハラ人、タミル人、イスラム教徒にかかわらず、常に一般の市民であるからです。
第3に、スリランカの平和と発展への取り組みに対し、日本の仏教徒の兄弟姉妹、友人の皆様、そして、国際連合に代表される国際社会より、道徳的、政治的、精神的、物質的支援を緊急に要請したいということであります。日本政府に対しては、特に、スリランカにおける平和と発展への気運を持続させるために、シンハラ人、タミル人、イスラム教徒に対する緊急の信頼醸成措置を取るべく協力を要請します。特に以下の支援をお願い申し上げます。
a)スリランカ和平プロセスへの日本ならびに国際社会の関心を喚起していただきたいのです。さらに、日本政府、国連、ならびに国際社会の積極的関与によって、現在進められている和平への取り組みに対する支援を要請します。我々は、和平への取り組みが成功するためには、日本ならびに国際メディア、日本の仏教界と市民社会の支援が不可欠のものであるということを確信しています。
b)紛争によって影響を受けてきた3つのコミュニティー、すなわちシンハラ人、タミル人、イスラム教徒(例えば各民族の避難民)のための緊急の信頼醸成措置を要請します。このことが、スリランカの和平プロセスが成功するための環境を醸成することにつながります。例えば、低コストで建設可能で米やその他の農産物生産に資する、雨水を利用した貯水池や灌漑用水路。また、現在マハデバ街道のある地に、本土とジャフナ半島を結ぶ平和橋を建設することなどが挙げられます。また、スリランカの平和と発展への現在の勢いを持続させることにつながります。
c)日本ならびに国際企業の経営者に対し、長期的な視点に立って、和平プロセスを成功裏に導くために、スリランカの経済基盤(発電、道路、鉄道など)を安定化するための支援を要請し、さらに強固な経済的基盤の上にスリランカ社会の非武装化ができるよう、貧困救済のための施し物ではなく、生産性のある製造業によって雇用を醸成すべく協力を要請します。
2002年5月27日
スリランカ仏教4大教団法王
シーアン教団マルワット派法王
シーアン教団アスギリヤ派法王
アマラプラ教団法王
ラーマニア教団法王
スリランカ和平交渉の背景と推移
【スリランカ上座部仏教とタミルイーラム解放の虎(LTTE)和平交渉の背景】
スリランカでの民族紛争を終結させる最後のチャンスは今回の和平交渉であるといわれ、本交渉前の重要な時期に、日本で四大教団法王が共同宣言を行うことは、和平の最大の障害となるシンハラ民族主義勢力の不満分子を抑え、和平交渉を成功させる上で非常に重要であると和平に携わる関係者らから注目されています。
LTTEは、シンハラ国家主義に基づく少数派タミル人への政府の差別的政策に反対して、タミル民族の解放を訴え、1970年代の後半から分離独立運動を続けてきました。イーラム(タミル人による独立国家)樹立を目的に、LTTEは多数派シンハラ人に対するテロ活動を展開。内戦は、タミル人グループ同士の勢力争いも加わり泥沼化し、80年代には、政府軍とタミルゲリラのみならず、LTTEと他のタミルゲリラとの間でも悲惨な殺し合いが続きました。現在まで、スリランカ紛争による死者は約6万5千人にものぼると言われています。
2001年12月、内戦の早期終結を求めるスリランカ国民の圧倒的支持を得て、ラニール・ウィクラマシンハ首相の和平推進派政権が誕生。同政権は発足早々、国民の切なる願いに応え、これまでにない強い決意をもって、和平へ向けてのLTTEとの直接交渉開始の準備を進めました。LTTEとの信頼醸成のため、LTTE勢力化の北部、東部などへの経済制裁の解除、主要道路の封鎖解除など、さまざまな措置を短期間に行なってきました。
これまでにも、スリランカ和平に向けた取り組みはさまざまに行なわれてきましたが、いずれも失敗に終わり、新たな暴力と殺戮の連鎖を生み出し、国連をはじめ、スリランカ紛争解決に携わる専門家は、口を揃えて、「スリランカにとっては、これがおそらく和平への最後のチャンスであろう。このチャンスを逃したら、新たに、もっと血みどろの殺し合いが行なわれることになるであろう」と語っています。
【スリランカ上座部仏教とタミルイーラム解放の虎(LTTE)和平交渉の推移】
2002年2月には、正式に政府・LTTEとの相互停戦合意が結ばれ、第1回の直接和平交渉の準備がノルウェー政府などの仲介により、慎重に進められてきました。国際社会も、国連を中心に、スリランカ和平に積極的な取り組みを開始。そして、この度、最終的に第三国タイにおいて、政府・LTTE直接交渉が6月から開催される予定となりました。
政府・LTTE直接交渉を前に、シンハラ仏教国家主義者、特に仏教過激派やJVP(シンハラ民族主義、共産主義政党)などが、直接、間接的に和平プロセスを妨害しようとの動きが出てきており、こうした反対勢力は、「スリランカはシンハラ人の仏教国であり、タミル過激派に対する一切の譲歩を許さない」との立場をとっています。相互停戦協定締結後、スリランカ政府とLTTE上層部では信頼醸成がかなりが進んできたものの、4月24日にLTTE側シータイガーの船が政府海軍に捕獲されたり、5月1日には、トリンコ沖で停戦後初の偶発的な武力衝突事件が発生。これに乗じてこれまで沈黙していた野党PA(国民連合)のチャンドリカ大統領やJVPが、一斉にウィクラマシンハ首相主導の和平に対する批判を展開し、5月11日には、シンハラ国家主義仏教僧1,000人による停戦後初の大規模な和平反対デモも発生しました。
こうした勢力による妨害を最小限に抑え、スリランカ国民の大多数が切に願う和平を早期に実現するためには、スリランカのシンハラ人に対し、絶大な影響力をもつ同国上座部仏教四法王が、和平交渉を積極的に支持する旨の共同の宣言をスリランカ国民ならびに世界に向けて発表することが求められる上に、和平交渉の中立性を確保するため、日本という政治的に中立で、しかも仏教伝統を共有する国の仲介が理想的であるとして、スリランカ法王の来日が実現することとなりました。
(2002.06.12記載)