中央学術研究所は4月15日、小泉純一郎首相に対し、「クローン人間誕生に対する声明」を提出した。同日、今井克昌所長が首相官邸を訪問し、安倍晋三官房副長官に手渡した。今回の声明は、昨年末、スイスに本拠を置く宗教団体の関連企業が「クローン人間を誕生させた」と発表したことを受け、クローン技術の人への応用に対する意見をまとめたもの。クローン人間を創り出すことに懸念を表明し、生命の尊厳が守られるよう求めている。なお、声明は遠山敦子文部科学大臣にも送られた。
クローンとは、人為的な操作によって誕生した、特定の生物とまったく同じ遺伝子情報を持つ生物のことを言う。人間の場合では次のようになる。
まずAという人間の体細胞から取り出した核を、卵細胞の核と入れ替える。卵割後、胚(人クローン胚)に成長させ、代理母の子宮に着床させる。生まれた子供は、体細胞提供者であるAとまったく同じ遺伝子情報を持つことから「クローン人間」と言われる。
クローン技術はもともと、畜産動物の品種改良と安定した生産のために開発されてきた。1996年、イギリスのロスリン研究所で、哺乳類では世界初となる体細胞クローン羊「ドリー」が誕生。その後、世界各地で牛やブタ、ヤギなどのクローンがつくられた。この技術が人間に応用された事例としては、2001年、アメリカの企業が卵細胞に体細胞の核を移植後、初めて人クローン胚まで成長させたと発表したことが挙げられる。胚は実験後、廃棄されたため、人として育っていくかは現段階で未知数だ。
動物実験の場合でも、妊娠、出産に至るまでの確率は極めて低い。たとえ妊娠しても、死産、あるいは先天障害を持つケースが多く、安全性はまったく保障されていない。
こうした個体を生み出す生殖目的のほかに、難病治療を目的としたクローン技術の研究も行われている。クローン人間を誕生させることは、多くの国で禁止されているが、治療目的の利用に対しては賛否両論あり、治療と倫理のどちらを優先させるかで意見が分かれている。
国際的な流れは、クローン人間を創り出すことを禁止する方向にあるものの、クローン人間の誕生を推進しようと考えている科学者や医師が存在するのも事実だ。2002年12月27日、スイスの新興宗教団体「ラエリアン・ムーブメント」の関連企業が「クローン人間を誕生させた」と発表した。科学的根拠は示されておらず、専門家の間では信憑性は低いとされるが、教団側はクローン人間を創り出す姿勢を変えていない。イタリアの医師も、不妊治療の一環としてクローン人間づくりを公言している。
今回の声明では、クローン人間を創り出すことを自然の摂理に反した行為と指摘。「いのちの尊厳を冒とくすると同時に、生命倫理の根本を揺るがすもの」と位置付け、決して認められるものではないとの立場を明らかにした。
また、「人為的操作によって遺伝的に同じ人間を複製することは、生命を『モノ』化し、人類の生存そのものまで脅かす」と、無制限に生命操作が行われることへの懸念を示し、人体が資源や実験場として際限なく利用されることに危惧の念を表した。その上で、政府に対して生命の尊厳が保たれるよう要請している。
日本には、クローン人間を創り出すことを禁じた「クローン技術規制法(ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律)」がある。しかし、クローン人間に成長しうる「人クローン胚」の作製については、同規制法のもとに作られた研究利用のための「特定胚の取扱いに関する指針」によって暫定的に禁止されているに過ぎない。
声明では、このことにも触れ、人クローン胚の作製を法律によって明確に禁止するよう要望。さらに、国連などの国際機関で条約を制定し、世界規模で「クローン人間創出を禁止」するよう求めている。
15日、首相官邸を訪れた今井所長は安倍官房副長官に、クローン人間を創り出すことに対する中央学術研究所としての考え方を説明。これを受け、安倍副長官は、「政府としてはクローン人間を創り出すことを認めるつもりはない」と応え、小泉首相に声明文を届けると述べた。
なお、同研究所の生命倫理への取り組みは1987年、脳死とそれに伴う臓器移植問題をめぐる基礎研究に始まる。1991年には、「生命倫理問題研究会」を発足。1994年には、同研究会名で「『臓器の移植に関する法律案』に対する見解書」を発表し、国会議員らに配布した。
(2003.04.18記載)
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