「第22回庭野平和賞」の受賞者がドイツのカトリック神学者で、「地球倫理財団」会長を務めるハンス・キュング博士に決定しました。庭野平和財団(庭野日鑛総裁、庭野欽司郎理事長)は2月22日、立正佼成会京都教会で記者発表会を開き、席上、庭野理事長が正式に発表しました。キュング博士は諸宗教の対話・協力に貢献すると共に、平和実現に向けて「地球倫理」を提唱したことで知られます。1998年、国連人権宣言(世界人権宣言)50周年に発表された「人間の責任に関する世界宣言」の起草者を務め、現在は、WCRP(世界宗教者平和会議)国際委員会共同会長の要職にもあります。贈呈式は5月11日、東京・千代田区の日本プレスセンタービルで行われ、庭野総裁から正賞として賞状、副賞として顕彰メダル、賞金2000万円が贈られます。席上、受賞者による記念講演も予定されています。
庭野平和賞は、宗教的精神に基づいて宗教協力を推進し、宗教協力を通じて世界平和の実現に顕著な功績を残した個人・団体に贈られます。世界125カ国、約1000人の識者に推薦を依頼し、「庭野平和賞委員会」(各国で宗教協力や平和活動に取り組む10人の宗教者で構成)で厳正な審査を行い、今回の受賞者が決定しました。
キュング博士は1928年にスイス・スルゼーに生まれました。ローマ教皇庁立グレゴリアン大学で哲学、神学の修士号を取得後、司祭に就任。パリのソルボンヌ大学とカトリック研究所で研究を続け、57年に神学博士号を取得しました。60年から96年まではドイツのチュービンゲン大学で神学部教授を務めました。
この間、エキュメニカル(キリスト教諸教会間一致)運動の推進に尽力し、62年から65年まで開催された第二バチカン公会議では、ローマ教皇ヨハネ二十三世から公式アドバイザーに任命されました。以後、諸宗教対話・協力に尽力。アブラハムを「信仰の父」とするキリスト教、ユダヤ教、イスラームだけでなく、ヒンズー教や仏教などを含めた諸宗教の類似性、共通性を研究し、宗教の普遍的価値を論じてきました。その活動は世界的に注目を集め、「対話の神学への先駆者」「普遍宗教確立への先駆者」と評されています。
同博士は「諸宗教間の平和なくしては、諸国家間の平和はありえない。諸宗教間の対話なくしては、宗教間の平和はありえない」と一貫して主張。その背景には次のような確信があります。
人類は、自らの宗教の正当性のみを論じるのではなく、共通する責任を自覚しなければならない。神仏は、個々の人々が自我を超え、世界平和実現への手足となることを望んでおられる。敬虔な信仰を持つ人々は、確かに社会を変え、救う力を持っている。しかし、一つの宗教だけで人類が希求する世界平和をもたらすことはできない。だからこそ、諸宗教の対話・協力を欠くことはできない――。
こうした宗教の普遍的倫理を、より現実化、具体化したものが同博士の提唱する「地球倫理」です。暴力と戦争、迫害や差別、環境破壊など生命の危機が頻発する現在、「世界の諸宗教の教えには普遍的倫理がすでに存在する。これが道徳的基盤となれば、人々を絶望から救う方向性を示し、社会を混乱から遠ざけることができる」と言います。
93年、米国・シカゴで開催された「万国宗教会議」の席上、同博士が草稿した「地球倫理宣言」が発表され、採択されました。同宣言には、諸宗教の普遍的倫理として「殺すな(生命を尊重せよ)」「盗むな(正直に公正になせ)」「嘘を言うな(真実を話し、行え)」「性的不道徳をおかすな(お互いに尊重し、愛せ)」の4項目を抽出し、現代的な解釈を加えて「四つの取り消し不能の教令」として提示しました。
「殺すな(生命を尊重せよ)」の教えからは、社会的・政治的正義、非暴力の推進、自然環境保護、軍備の恒久撤廃などが導き出されます。「盗むな(正直に公正になせ)」からは、貧困の撲滅と公正な経済的秩序の必要性が強調され、「嘘を言うな(真実を話し、行え)」はマスメディアや政治家などにあるべき説明責任を促します。「性的不道徳をおかすな(お互いに尊重し、愛せ)」では、男女間のパートナーシップ、結婚や家族のあり方が問い直されています。
同宣言は発表直後から、宗教界はじめ各界で大きな反響を呼びました。米の大手新聞「USA Today」は4000万の読者に向け、全ページを使って記事を掲載。また、全世界で出版が進み、各地で「地球倫理宣言」の検討会議、研究会が開催されてきました。将来、国連の地球倫理宣言に結実するのではないかと言われています。
このほか、97年、元国家元首、首相で組織する「インターアクション・カウンシル」(OBサミット)が国連人権宣言50周年で発布するよう提唱した「人間の責任に関する世界宣言」を起草。同年、国連事務総長から世界20人の「賢人グループ」の一人に任命されました。現在、「地球倫理財団」会長はじめWCRP国際委員会の共同会長の要職にあります。宗教対話・協力を通じての平和構築に向け、中心的な役割を果たしています。
【選考を終えて】
庭野平和賞委員会のグナール・スタルセット委員長=ノルウェー国教会主教、元ノーベル平和賞選考委員
「ハンス・キュング博士は諸宗教対話運動にユニークな貢献をされました。学問的貢献はもとより、博士の戦略的な方法によって、宗教指導者と一般の人々双方を動かし、共に全人類のために共通の任務を行うよう、橋をかける役割を果たされてきました。博士の洞察力は、中東、イラク、スリランカなど地域を問わず、いかなる和平プロセスにも必要不可欠なものです」
(2005.02.25記載)