庭野平和財団(庭野日鑛総裁、庭野欽司郎理事長)の「第27回庭野平和賞贈呈式」が5月13日、東京・千代田区の日本外国特派員協会で行われました。受賞者は、インドのエラ・ラメシュ・バット氏(76)。ヒンドゥー教徒の同氏は1972年、差別と抑圧を受けてきた貧しい女性の労働条件の改善、生活向上を目指し、SEWA(自営女性労働者協会)を設立しました。以来、「真実」「非暴力」といったマハトマ・ガンディーの理念や宗教的精神を基に女性の経済的自立を推進し、彼女たちが自信と能力を身につけることによって地位向上や社会変革をもたらす活動に取り組んできました。当日は、鈴木寛・文部科学副大臣をはじめ、約150人の宗教者、識者らが見守る中、庭野総裁から正賞として賞状、副賞として顕彰メダル、賞金2000万円(目録)が贈られました。
バット氏は1933年、グジャラート州アーメダバードに生まれました。グジャラート大学を卒業後、ガンディーによって設立されたインド最古の労働組合「繊維労働組合」に就職。女性の労働問題を任されました。
この間、イスラエルに留学し、労働組合と協同組合について研究。帰国後、露天商や行商人、たばこ巻きや刺繍(ししゅう)などを自宅で行う家内労働者、農業や建設、皿洗いに日雇いで従事する労働者など過酷な条件下で働く女性の問題に直面しました。
同氏は71年、貧しい女性の労働条件の改善を図るため、軽視されてきた彼女たちの働きを「自営」と肯定的に表し、SEWAを結成。翌年、労働組合として正式に登録されました。会員となった女性たちはカーストや宗教の違いを超えて連帯し、正当な権利を求めて非暴力・不服従の運動に取り組みました。
74年、SEWA銀行を設立。貧しい女性たちの預金、融資の利用を可能にし、協同組合活動を進めました。このほか、生産技術の習得、資材購入、会計、市場調査、交渉、販売に関する教育の機会を提供。生活向上と経済的自立、財産の所有や意思決定を可能にする社会的自立の実現に努めました。
現在、会員は120万人。同銀行の利用者は300万人に達します。保育や法律相談、識字教育などの支援も行われています。
その活躍は国際的な場にも広がり、WWB(女性のための世界銀行)の創設に尽力。現在はWWB理事や人道組織「エルダーズ」のメンバーなど多くの要職を務めます。
贈呈式では、庭野平和賞委員会のキャサリン・マーシャル氏=世界銀行宗教・倫理関係主任アドバイザー=により選考経過が報告されたあと、庭野総裁から賞状と顕彰メダル、賞金の目録がバット氏に手渡されました。
続いて、庭野総裁があいさつ。鈴木文部科学副大臣、インドのヘーマント・クリシャン・シン駐日大使(ラビ・マトゥール公使代読)、日本宗教連盟の山北宣久理事長が祝辞を述べました。
このあと、バット氏が『女性・仕事・平和』と題して記念講演を行いました。
なお、前日には『非暴力と女性──未来を切り拓く道』をテーマに庭野総裁との記念対談が行われました。対談は「佼成新聞」6月13日付に掲載予定。
庭野平和賞受賞記念講演(要旨)
『女性・仕事・平和』
SEWA創始者 エラ・ラメシュ・バット
貧しい人々を貧しいままにしておくことは暴力であり、平和とは言えません。平和と貧困は共存しえないのです。
暴力と対立、資源をめぐる争い、失業問題、不正と不平等に対する人々の怒り、政府による抑圧などが存在する所で必ず目にするのは貧困です。貧困は労働を軽視する社会の象徴であり、人々の人間性と自由を奪います。貧困は誤りです。なぜなら、それは社会が暴力の永続を許していることを意味するからです。
バガヴァッド・ギーター(ヒンドゥー教の聖典)によれば、救いへの道はカルマにあります。カルマとは行為や働くことを意味します。愛と真実が人間の基本であるように、働くことは人間生活の中心です。それは搾取の一種である劣悪な労働や低賃金労働ではなく、「仕事を持つこと」「生業(なりわい)」という言葉で理解されるものです。
「仕事」は、生活や生活様式、世界中の生命につながっており、生活の中に価値やビジョンを生み出します。一方、仕事がなくなると、記憶や能力、さらに共同体や文化が破壊されます。私の考える仕事とは、本質的には食物を育て、水を得ることであり、数千年にわたり培ってきた伝統──農業、畜産、漁業、林業、建築、織物、リサイクル──を発展させるものを指します。仕事は人々を養い、人間同士のつながりを再生し、母なる地球、創造主である偉大な魂との関係を回復します。
生産的な仕事は、社会を紡ぎ合わせる糸です。仕事を持つと、人は安定した社会を維持していきたいという動機を持ちます。未来の設計図を描くことも可能になり、脆弱(ぜいじゃく)さを補うため財産を築こうとし、次世代への投資もできるようになります。仕事は平和を築きます。なぜなら、共同体をつくり、生活に意味と尊厳を与えるものだからです。
続いて、女性は社会をつくる「鍵」であることを私自身の体験から申し上げたいと思います。女性は家族を育て、安定した社会をつくるために働きます。労働者、扶養者、介護者、教育者、そしてネットワークの役割を果たしています。
女性の参加と代表権は発展のプロセスに不可欠であり、世界に対し、建設的、創造的、持続可能な解決方法をもたらします。女性らしさが世界を変えていくことに、私は強い自信を持っています。
SEWAは貧しい自営労働の女性による労働組合です。経済的搾取を阻止するために集まりました。私たちは資産を築き、資源を活用し、物質面の生活の質を向上させるため、銀行をつくりました。農業を営む女性や職人のための取引協同組合を設立し、地域と世界の市場をつなぐ交易促進ネットワーク、出産や健康管理や生命保険のための社会保障ネットワークを開設しました。
私たちは相互補助のために集い、貧しい女性とその家族、女性の暮らす地域住民、さらに世界の全ての人々の福祉の向上を目指しています。「自由は与えられるものではなく、我々自身の中から生み出されるものである」というマハトマ・ガンディーの言葉の実現です。自身の中から生まれる自由を保障していく、これこそが女性の仕事だと、申し上げたいと思います。
政治の自由は、経済の自由がなければ達成されず、その両方が保障された時に恒久的な平和を手にすることができます。平和の構築には、NGO(非政府機関)などの市民グループや女性組織、労働組合、協同組合、同業者組合、教会などの組織の参加が欠かせません。平和を築くのは一般市民です。市民の参加、市民の声、代表者の参画なくして平和は訪れません。
平和とは、社会にバランスを取り戻すものであり、私たちの生活とかけ離れた生き方ではなく、命や生活の中に備わっているものです。私たちの体や心、自然に調和した生き方そのものだと言えるでしょう。
また、平和は貪欲からではなく、必要から生まれるものです。限りあることを知り、例えばパンの最後のひと切れを分かち合う心の広さを言います。平和は、国家が建設される前に始まり、成立後も長く続くものでもあります。平和を仕事や自然から切り離して考えることは、本質的に暴力行為であると思います。生活と仕事に命を与えるもの、それが平和なのです。
(文責在記者)
庭野平和賞総裁あいさつ(要旨)
平和な社会へ求められる「母性」の価値観
庭野平和財団総裁 庭野 日鑛
バット女史は、インドおよび近隣の国で最も貧しく抑圧されている女性労働者の生活改善に生涯を捧(ささ)げておられます。そこには、いくつかの特長を見出すことができます。
第一には、SEWAの活動が、マハトマ・ガンディーの精神を基盤として、推進されていることであります。その精神とは、「非暴力」、そして「全ての宗教を尊重すること」「真実を語ること」、さらには「全ての人を愛し、尊敬すること」などが中心であると伺っております。
仏教の開祖である釈尊は、誕生の折、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」といわれたと伝えられています。「天上天下唯我独尊」を、そのまま読み下せば、「天にも地にもただわれ独り尊し」となります。しかし、この言葉の本当の意味合いは、「世界中の人々は、みな、一人ひとり尊い」ということであると教えて頂いております。
この「みな、一人ひとり尊い」という確信が根底にあって初めて、「非暴力」、そして「全ての宗教を尊重すること」「真実を語ること」、さらには「全ての人を愛し、尊敬すること」も、現実のものとなると受け取るのであります。
第二の特長は、貧しく、抑圧されている女性に対し、単に物や資金を援助するのではなく、精神的、経済的、社会的な「自立」を目指していることであります。
バット女史は、社会的に軽視されてきた女性たちを「自営の女性労働者」と肯定的に位置づけ、組織の名称にも記しておられます。単なる弱者ととらえるのではなく、一人ひとりの存在を、尊敬しているのであります。
旧態依然とした社会状況の中で、女性の「自立」を実現することは、決して容易ではなかったと思います。その中で、バット女史は、抑圧する側の人々を攻撃するのではなく、女性たちの精神的、経済的、社会的な「自立」によって、差別や抑圧を乗り超えようと力を尽くしてこられました。今や多くの国民、敵対していた人々からも理解や支持を得ておられます。
第三の特長ですが、これは、今後の世界のあり様を考える上でも、大変重要な視点であると受けとめられます。
それは、平和な社会を形成する上で、女性こそが重要な役割を果たすという確信であります。現代社会のさまざまな課題は、その多くが、能率、生産性、合理性、自己主張、競争といった男性的な指向、いわゆる「父性」が原因になっていると分析する方がいます。
一方、優しさ、温かさ、思いやり、協調性、分かち合いなど、女性に具(そな)わった「母性」こそが、真に人を育て、平和な社会をつくる原点になると指摘するのであります。
もちろん、「父性」や「母性」は、単に性別の違いだけで特長づけられるものではなく、一人ひとりの内面に関(かか)わることでございます。また、能率、生産性、合理性などに象徴される「父性」も、一方的に否定されるべきものではなく、「父性」と「母性」の調和が重要でございます。しかし、これまでの歴史を振り返るとき、男性中心の社会、「父性」中心の価値観に偏り過ぎていたことは事実であります。
バット女史は、「女性が社会変革のリーダーにならなければならない」とおっしゃっています。
この提言は、インドだけでなく、世界各国の人々に貴重な示唆を与えるものであり、新たな時代を切り拓いていく上で、一つのキーワードになるのではないかと受けとめております。
バット女史に、「第二十七回庭野平和賞」をお贈りすることを通して、私はインドの女性が置かれている状況について、改めて知ることができました。それは、同時に、我々日本人の生き方を見つめ直す機会でもありました。
インドと日本を単純に比較することはできませんし、日本の中にも困難に直面している方々がおられます。しかし、大半の日本人は、恵まれた環境におりながら、感謝どころか、逆に不平不満をつのらせ、自ら苦を生み出していると言っても過言ではございません。
仏教の禅宗の教えに、「吾唯知足」(われ、ただ足るを知る)〈私は、ただ満足することを知っているだけだ〉という言葉がありますが、我々もまた、真の意味での精神的、経済的、社会的な「自立」を目指していかなければならないと痛感しているところであります。
京都で庭野平和財団講演会
『京都発:宗教者の新たなチャレンジ』をメーンテーマとする「庭野平和財団講演会2010」が5月14日、京都教会で行われ、宗教者をはじめ市民ら250人が参加しました。
当日のテーマは『女性、仕事、そして平和~女性の社会起業による平和な社会の実現を目指して』。第27回庭野平和賞受賞者のバット氏が講演し、WWB(女性のための世界銀行)日本支部の奥谷京子代表がコメンテーターを務めました。
(2010.5.21記載)