News Archive

2011年07月23日 第28回庭野平和賞贈呈式 INEB共同創設者スラック・シワラック氏が受賞


タイの民族衣装を身に着けた受賞者のスラック氏(右)。同財団の庭野名誉会長から賞状が手渡された

公益財団法人・庭野平和財団(庭野日鑛名誉会長、庭野欽司郎理事長)の「第28回庭野平和賞贈呈式」が7月23日、京都教会で行われました。受賞者はタイの在家仏教徒で、INEB(仏教者国際連帯会議)の共同創設者であるスラック・シワラック氏(78)です。40年以上にわたり、仏教に根差した社会活動に努め、消費中心の開発に警鐘を鳴らしてきました。貧困問題の解決や環境保全、教育にも力を注いでいます。当日は、近畿宗教連盟理事長である荒木元悦・大本山相国寺塔頭光源院住職をはじめ約150人の宗教者、識者らが見守る中、庭野名誉会長から正賞として賞状、副賞として顕彰メダル、賞金2千万円(目録)が贈呈されました。


贈呈式が行われた京都教会には、宗教者をはじめ、研究者や識者ら約150人が参集した

スラック氏は1933年にバンコクに生まれました。58年に英・ウェールズ大学を卒業し、弁護士の資格を取得しました。
61年の帰国後、雑誌「社会批評評論」を創刊。軍事政権下における社会問題を明らかにするとともに、数多くの草の根の組織とかかわり、貧しい人々と共に歩む大切さを学んびました。以後、貧困層を支援する農村開発プロジェクトに参加し、仏教僧や学生らと社会運動を展開しました。
89年、僧侶で宗教評論家の丸山照雄師と共に、社会活動に取り組む仏教者の国際的なネットワークであるINEBを創設。仏教に基づく社会正義の実現のため、平和や人権にかかわる政策提言、人材育成による地域社会のエンパワーメントなどに取り組んできました。
活動の中で同氏は、物質的な欲望を増大させ、貧富の格差を広げる消費を中心とした近代の開発の問題点を指摘。新しい開発モデルとして心の開発の重要性を説き、伝統や文化、宗教的習慣による人間的なつながりの回復、コミュニティーに幸福をもたらす発展の推進に尽力しました。
また環境破壊に対し、縁起観など仏教的観点から自然への畏敬(いけい)と環境保全の大切さを主張。僧侶らと協力して森林を保存し、村人に地元の天然資源の活用や節約の方法を伝授する活動を続けてきました。
宗教対話・協力においても指導的発言者として知られます。2009年の著書『持続可能な智慧(ちえ)--21世紀の仏教経済学』が今年7月に日本語に翻訳され、『しあわせの開発学--エンゲージド・ブディズム入門』として出版されました。
贈呈式では、庭野平和賞委員会のキャサリン・マーシャル委員長=世界銀行宗教・倫理に関するシニアアドバイザー=により選考経過が報告されたあと、庭野名誉会長から賞状と顕彰メダル、賞金の目録がスラック氏に手渡されました。 続いて、庭野名誉会長があいさつ。近畿宗教連盟理事長の荒木師が祝辞を述べ、スラック氏が記念講演を行いました。
このあと、パネルディスカッションが行われ、パネリストとしてスラック氏と庭野平和賞委員会の呉在植委員、特定非営利活動法人JIPPOの中村尚司専務理事が登壇。関西学院大学の山本俊正教授がコーディネーターを務め、東日本大震災後の社会構築のあり方、宗教者の役割などについて意見が交わされました。

庭野平和賞受賞記念講演要旨

INEB共同創設者 スラック・シワラック

木は倒れる時、轟音(ごうおん)を立てて倒れます。しかし、木が成長する時、その音に耳を傾ける人はいるでしょうか。
同じように、私たちは戦争、環境破壊、市場経済の悪用、格差の増大といったニュース、現在ではとりわけ、日本での災害、いまだ収まらない原子力発電所の事故の報道にさらされています。一方、平和や自由、正義に向けた活動を伝えるニュースを耳にすると、私たちはなぜか不安を覚え、従来の世の中が最善であるかのように考えます。
しかし、変革への不安があったとしても、平和運動はマハトマ・ガンディーのサティヤグラハ(真理の力)とアヒンサー(非暴力)の遺産を引き継ぎながら、静かに成長を続けています。
私たちに求められることは、文化に対する繊細な理解と政治への関心、そして社会にかかわりながら公益の問題に取り組み、権力の乱用がはびこる状況を指摘する勇気です。世界の状況を見据え、認識を深めるには、自身の考え方を改め、偏見を取り除かなければなりません。善意の人々と共に活動することで権力の乱用に気づき、立ち向かうことができるようになります。
大切なのは、互いの意見に耳を傾け、非暴力により正義を実現していくことです。そして、どのような状況においても、平等を重視すること。恵まれない人々や抑圧された人々とつながりを保つ上で大切になります。

権力の乱用を指摘する勇気

こうした活動を継続していくには、若い世代の人々の意識を高めることが必要です。私たちは、彼らが自由や独立心、知足の心、慈悲、寛容性を身につけ、競争よりも協力、量より質を大事にする人間に成長するよう支えにならなくてはなりません。彼らには正確な情報が必要であり、現在の財政危機は、本質的価値を高める好機と言えます。
子供たちが自身の可能性に気づき、次世代のリーダーとして活躍するには、私たちが模範とならなければなりません。ホモヒポクリティクス(偽善的人間)やホモエコノミクス(経済的人間)ではなく、ホモサピエンス(知恵ある人)にならなければならないのです。
また、新自由主義経済や市場原理主義の実体を見抜かなければなりません。今日、ギリシャでは国民のためではなく、富裕層をさらに豊かにする、公営企業の民営化を進める緊縮政策が実行されようとしています。持続可能な未来を築くために、私たちに欠けていた批判的思考と、ブッダにより説かれた反省の能力を次世代の人々が身につける手助けが不可欠です。
さらに、自然を敬うことは私たちの義務であり、他の生物を資源と見ることは許されないでしょう。原子力発電所の事故で明らかなように、技術の発展は最善の利益をもたらすとは限りません。どの進歩を受け入れて応用するか、監視した上で破棄すべきか、その見分け方を学ぶ必要があります。
謙虚な気持ちと、将来の人々に愛情を持つことができれば、「非暴力」と「真理の力」の時代を実現することは可能です。“時の権力者”というのは、特権をいつまでも守ろうとします。暴力の構造は自然に崩壊することはなく、それゆえに非暴力による働きかけが必要になります。
ガンディーは大英帝国の虚言を暴くために、「真理の力」を理念に用いました。今も多くの国で民衆に対する欺瞞(ぎまん)が行われています。総体的にマスメディアは、私たちを資本主義や消費主義の中毒にする“洗脳”を続けています。
グローバル化とは資本主義の最新形態であり、新たな帝国主義というのが実体です。私たちには、個人の意識変革に基づいた自制と新たな集合的主体の創造が一層求められます。自らの貪欲(とんよく)を寛大さに、憎しみを慈愛に、迷いを智慧(ちえ)に変えることができれば、自分自身を制御することができます。世界平和の実現には、自らの内に平和の種を育むことが欠かせません。困難ではありますが、これこそが世界平和を実現する唯一の道なのです。

(文責在記者)

庭野名誉会長あいさつ 要旨

スラック氏は、知性的であると同時に、非常に情熱的で、強力なエネルギーを感じさせる方であります。議論の場になりますと、常に貧しい人々の立場に立って発言され、宗教者が積極的に社会参画することの重要性を強く訴えられております。
また、在家の仏教指導者としての立場だけでなく、弁護士、教師、学者、作家、活動家として活躍され、その分野も、宗教、文化、教育、環境、社会正義や公共福祉など、非常に多岐にわたります。そこには、共通する一つのテーマがあることに気づきます。それは、「本当の豊かさとは何か」という根源的な問いかけであろうと思います。
第二次世界大戦後、アジアの国々は、西洋の先進国を模倣し、高い経済成長の道を目指してまいりました。このような歩みは、人々の物資的な欲望を満たす一方、格差の拡大、環境破壊、心の荒廃など数々の深刻な課題を生み出してきたと指摘されております。
これに対し、スラック氏は、「人々が貪欲に突き動かされている限り、人間社会の真の発展は実現しない」と警鐘を鳴らしておられます。そして、次のような貴重な提言をなさっています。
第一は、「暴力、消費主義、物質主義、中央集権主義などを助長する西洋的な開発モデルを無批判に受け入れることから目覚めること」。第二には、「自分たちの文化的ルーツの価値を自覚すること。つまり先祖や土着の文化に敬意を払い、そうした伝統的価値観を現代及び未来に適用すること」です。
国際的なレベルでは、「内面を発展させることに、もっと注目するよう西洋人に働きかけること。個人の変化は、社会の変化につながるのであり、そのためには、内面の平和を実現する必要がある」と訴えられております。さらには、「仏教が今日有効であるためには、それが産業社会に適用でき、地球規模の問題に対しても応えられるものでなければならない」と指摘しておられます。

原理と実践の根幹に仏教が

スラック氏はたぐいまれな叡智(えいち)によって、世界的な課題を正確に見抜かれ、今後、アジアの人々がどのような道を歩んでいけばよいかを明確に指し示しておられます。その原理と実践方法の根幹には、仏教があります。
日本は戦後六十数年の間に、世界でも有数の経済大国に成長致しました。そのような中にあって、いつしか根本的なことを忘れがちになり、消費主義、物質主義に陥るきらいがございました。
そして、今年、大規模な地震と津波に襲われたのであります。直接の被災地ではない東京でも、電力不足、モノ不足などから不安感が高まっております。
一方、注目すべき変化も表れております。節電により照明の減った薄暗い街を歩きながら、今までの明るさが尋常ではなかったことを知った人も大勢います。不必要な電力を使わない習慣も生まれ始めています。家族や隣近所の大切さを見直す機運も芽生えております。今回の震災は、私ども日本人に、今一度、根本に立ち返り、生き方を正しくとらえ直すよう問いかけているように思えます。
古くから日本人は、必要なものは具(そな)えながらも、無駄を省くという簡素な生き方を志し、分かち合い、支え合う生活を大切にしてまいりました。また、国名を「大和(やまと)」と定められたことがあります。我々の祖先は、いわば「大いなる平和」「大いなる調和」の精神を終始一貫することを国家的理想としていたのであります。
スラック氏のご指摘のように、自分の文化的ルーツの価値を自覚し、現代及び未来に適用することは、私どもの重要な使命でありましょう。人間はどんなに物質に恵まれようとも、満足する、という心を持っていない限り、幸福になることはありません。いま授かっているものに感謝する「足るを知る心」を一人ひとりに根づかせることこそが、「本当の豊かさ」の第一歩であることを、改めて気づかせて頂いた次第でございます。

(文責在記者)

(2011.08.05記載)