壊滅的な破壊をもたらす核兵器 世界には現在、約1万6千発
今年4月27日に国連本部で行われたNPT再検討会議の開会式(写真・UN Photo/Loey Felipe)
広島、長崎に原爆が投下されて70年。今年8月6日には、広島市のホテルでWCRP(世界宗教者平和会議)日本委員会などの主催でシンポジウム「二度と戦争を起こさない――核兵器廃絶をめざして」が開催されます。これを前に、広島平和研究所で特別研究員を務め、現在立正佼成会の国連代表である神谷昌道主幹に、核兵器をめぐる世界の現状、核廃絶や核軍縮への展望などを聞きました。
核兵器をめぐる現状について
――今、世界にある核兵器の数は?
米国とソ連を中心とする東西冷戦の対立が激しかった1980年代には、世界に7万発を超える核弾頭がありました。現在は、約1万6千から7千発だと推定されています。その9割は米国とロシアが占めています。
世界で最初に核兵器を保有したのは米国です。45年7月、マンハッタン計画で開発した核兵器の実験に成功し、その1カ月後、原爆が広島、長崎に投下されました。
第二次世界大戦が終結し、45年10月に国際連合が創設されますが、翌年1月に採択された国連総会決議第1号は、核兵器および大量破壊兵器の廃絶を目指すことを含んだ内容でした。核軍縮、核廃絶は、国連の設立当初から、主要課題だったわけです。
しかし、その後、国連で懸念された通り、米ソを中心とした東西冷戦の激化に伴って、核兵器を保有する国は増えていきます。米国が核兵器を保有して4年後の49年、ソ連が核実験に成功します。次いで52年に英国、60年にフランス、64年に中国が核実験を経て核兵器を保有するに至りました。
――その後の核軍縮の取り組みは?
くしくも、国連常任理事国が核兵器を持つに至ったわけですが、保有国をこれ以上増やしてはならないという機運が国際社会に高まります。
1963年、地上での核実験を禁じる部分的核実験禁止条約(PTBT)が締結されます。核兵器の保有には実験が欠かせないのですが、それを制限したわけです。さらに、68年には核不拡散条約(NPT)がつくられ、70年に発効しました。これは、国際的な安全保障に関する取り決めの中で、国連憲章に次ぐ締約国を有する国際条約です。現在、パレスチナを含む191カ国が加盟しています。
NPTは、67年1月1日の時点で核兵器を保有していた国、つまり先の5カ国を核兵器の保有国として認める一方、その他の国には核兵器を持たないことを誓約させ、これ以上保有国を増やさないことを目的にした条約です。ただし、核兵器を「持てる国」(核兵器国)と「持てない国」(非核兵器国)を明確に区別した「差別的」条約であるとも言われます。この差別性を解消していくため、NPT第6条では、核兵器国に対し、核兵器を含む包括的な軍縮義務を負わせ、誠実な履行を求めています。
今年4月27日に国連本部で行われたNPT再検討会議の開会式(写真・UN Photo/Loey Felipe)
――この条約の内容は?
NPTが掲げる目標は、「3本柱」と称される(1)核軍縮の推進 (2)核不拡散の堅持 (3)核の平和利用の促進です。5年ごとに「再検討会議」を開いて、的確な運用がなされてきたかを検証し、その後の方向性を決めることになっています。
加えて、不平等が固定化されて核軍縮が進まないことを防ぐため、発効から25年目に条約を破棄するか、延長するかを決めることが条約がつくられた時点で規定されていました。それに従い、1995年に「NPT再検討・延長会議」が開かれ、核兵器廃絶の究極的目標、中東地域の非核化などの義務や原理原則が加えられ、条約の無期限延長が決定されました。この後も5年ごとに再検討会議を開き、条約の運用状況を検証して現在に至ります。今年は4月27日から5月22日まで、国連本部で第9回の再検討会議が実施されました。
核をめぐる国際的な秩序を保つため、NPTが果たしている役割は大きいでしょう。NPTの目標である核不拡散を堅持するため、57年に設立された国際原子力機関(IAEA)は核の平和利用を推進するとともに、核物質や原子力関連施設が軍事転用されないよう査察などにあたります。
――核兵器国は軍縮を誠実に果たしているのでしょうか。
この点は、核兵器国と非核兵器国で評価が分かれます。核兵器国は「核軍縮を進めるには、その時々の世界の安全保障環境を考慮した上で、段階的(ステップ・バイ・ステップ)アプローチで進展を図らねばならない」と主張します。実際、ピーク時には約7万発の核兵器があったのですから、核兵器国からすれば、現状はかなりのペースで削減してきたとも言えるわけです。
一方、非核兵器国は「核軍縮の進展のペースは遅く、核軍縮を進めるには『いつまでにどれだけの核兵器を減らすか』という時間的制約を課す包括的アプローチで進展を図らねばならない」と主張します。現在の核兵器は広島・長崎型原爆の数十倍から数百倍の威力があり、一発の核兵器がもたらす破壊的状況を考えれば当然でしょう。両者の折り合いをつけるのは難しいのが現状です。
一方、核不拡散について触れると、先の5カ国に加え、現在はインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が核兵器を保有しています。インド、パキスタン、イスラエルはもともと、NPTに加盟していません。脱退を表明して保有したのは北朝鮮だけで、その意味では、NPTはおおむね核の拡散を防げていると言えるでしょう。ただし、条約の枠外であっても、核兵器を保有する国が増えたことを見過ごすことはできず、再検討会議では、インド、パキスタン、イスラエルに非核兵器国としてNPTに加盟するよう働きかけが続いています。
核軍縮の展望
――2009年、オバマ米大統領の「核兵器のない世界をめざす」という演説に注目が集まりましたが。
そうですね。これを機に、国際社会では核廃絶、核軍縮への期待が一気に高まりました。また、演説の中でオバマ大統領は「米国は核兵器を使用した唯一の国家として道義的責任がある」と、米国大統領として初めて広島、長崎に原爆を投下した道義的責任を認めました。この発言は、とりわけ日本人にとって、大きな意味があったと思います。
これ以降、米国とロシアの2国間で新戦略兵器削減条約が締結され、両国の核兵器が削減されていきます。このように、核軍縮にとって良好な雰囲気の中で行われた翌10年の第8回NPT(核不拡散条約)再検討会議では、非核兵器国の提案に核兵器国が譲歩する場面が通常より多くみられ、行動計画を定めた最終文書が合意されました。
一方、その5年前に、イラクの情勢が混迷を深める中で開かれた第7回の会議では最終文書は合意されていません。また、今年の第9回NPT再検討会議も、最終文書の合意には至りませんでした。ロシアのウクライナ・クリミア併合をめぐるロシアと米国、EUの対立、また、イスラエルの核兵器保有が続く中東地域の情勢などが影響したからです。ウクライナ侵攻では「核兵器を使うことも念頭にあった」とプーチン大統領が公言し、これに対してEU諸国は兵力を増強するなど国際社会は核軍縮に向かう環境にありませんでした。
その時々の国際情勢が、再検討会議での合意に大きく影響します。つまり、核軍縮には、国際情勢の安定が不可欠ということです。
――核軍縮、核廃絶への新たな潮流はありますか?
近年、核兵器の「非人道性」に焦点を当てた核軍縮、核廃絶への取り組みが、国連や国連加盟国の注目を集めています。
この動きは、2010年の第8回NPT再検討会議の前に、赤十字国際委員会(ICRC)がスイス政府の後押しを受けて発表した「核兵器の時代に終止符を」という総裁声明がきっかけになりました。この声明でICRC総裁は、核兵器の議論が「軍事的及び政治的考慮」のみでなされるべきでなく、「人間の利益、人道法の基本原則及び人類全体の将来への考慮」でなされるべきと訴えています。
「非人道性」というと、「倫理的」「道義的」「道徳的」なこととしてとらえる方が多いかもしれませんが、ICRCは科学的見地に基づいて非人道性を主張するという独自のアプローチをとりました。核兵器が人体や環境に及ぼす影響を科学的に実証し、統計やデータを提示して議論する――この種の議論には乗りやすいこともあって、多くの国が関心を示して一気に国連の主要課題に位置づけられたのです。議論する枠組みもつくられ、13年にノルウェー・オスロで、14年2月にはメキシコ・ナジャリットで、14年12月にはオーストリア・ウィーンで非人道性の国際会議が開かれました。
このウィーンでの国際会議を主催したオーストリア政府は、核兵器がもたらす壊滅的な結末を挙げ、国際法で核兵器の使用、開発、威嚇、実験などを禁じる「核兵器禁止条約」の道筋を示す文書(オーストリアの誓約)を今年のNPT再検討会議に提出しました。この誓約への賛同国は、会議前には70カ国でしたが、会期中には107カ国に増加しました。「核兵器の非人道性」と「核軍縮のための法的枠組みの必要性」がNPT締約国の間で重要課題として認識されている証しでしょう。
――国連で、非人道性が主要課題でなかったとはある意味で驚きです。
その通りですね。広島と長崎に原爆が投下されて以降、被爆者の方々をはじめ両市の市長や行政関係者は、核兵器の非人道性を倫理的、道義的面から訴えてこられました。このご努力で核兵器の脅威が世界の人々に広く伝わり、そのことが核軍縮、核廃絶の運動につながっていることを私たち、とりわけ人間の尊厳を守る活動にあたる宗教者は忘れてはならないと思います。
一方、国際政治の場では、核兵器の非人道性よりも、自国の安全保障の観点から軍事的及び政治的な文脈で議論されることが優先されてきました。「核抑止政策」をとっている国が少なくないことも影響しているでしょう。
核抑止とは、「撃ってきたら撃ち返す」という立場をとり、核兵器の保有によって相手の核攻撃を抑えるという“恐怖のバランス”によって成り立つ軍事理論を言います。この政策をとる国は、国家の存亡にかかわる危機に直面した時は核兵器を使用できると、いわば核兵器の使用を正当化しています。人道性が主要課題にならなかった背景には、こうした国々の存在も関係しているわけです。
実は、日本も核抑止政策を採用しており、有事の際は米国の核兵器によって守ってもらうという「核の傘」を享受しています。このため、日本政府は唯一の被爆国として核兵器の廃絶を訴えていながら、核兵器の使用、開発、威嚇、実験などを禁止し、保有国に廃棄を義務づける核兵器禁止条約には賛同できないとしています。「あらゆる場面において核兵器は使われてはならない」という、国連総会で非人道性を訴える共同宣言にも消極的でした。先のオーストリア誓約にも署名していません。日本政府のこうした「二重基準」は、日本の核廃絶運動の国際的評価を下げる要因になっていることは間違いありません。
――核軍縮、核廃絶におけるNGO(非政府機関)の役割は?
二つの大きな役割があると思います。一つは政策提言、もう一つはアドボカシー・大衆の意識喚起です。
政策提言については、次のような事情があります。核保有国は概して国力が豊かなため、国内に多くのシンクタンクを有し、核軍縮、核軍備管理の進め方などの政策立案を国内で完結できます。しかし、核軍縮や核廃絶を求める国には開発途上国が多く、自国内では政策立案を行うことが困難な国も少なくありません。そのため、そうした国の政策立案や提言にNGOが協力、貢献するのです。政策提言型NGOは国連加盟国の重要なパートナーであり、欧米に多く見られます。
アドボカシーについては、被爆者の声というのが代表的で、被爆者の方々は広島市、長崎市あるいは平和首長会議などと協力しながら、世界各地で証言や写真展を行ってこられました。日本政府も被爆者の方と連携し、活動を推進しています。アドボカシーの重要性、つまり草の根NGOの役割を政府も認知しているのだと思います。
2015年4月に参議院議員会館で行われたWCRP日本委員会とPNND日本の会議
――WCRP(世界宗教者平和会議)も核兵器廃絶に努めてきましたが。
1978年の第1回国連軍縮特別総会で、開祖さま(庭野日敬開祖)がWCRPの名誉議長として演説されたことが象徴するように、核廃絶はWCRP発足時から国際活動の大きな柱の一つでした。70年に京都で行われた第1回WCRP世界大会のテーマが『非武装・開発・人権』であったことからも分かります。
第1回世界大会の2年後、国際事務局がニューヨークに置かれ、初代事務総長のホーマー・ジャック博士のもと国連と関わりを強め、アドボカシー活動に力を尽くしました。一時、停滞した時期もありましたが、92年に国際事務局がジュネーブからニューヨークに戻って以降は、核廃絶の活動に再び力を入れて取り組むようになります。
2010年には、世界の青年宗教者が主体となって、核兵器の廃絶や軍縮などを進める「ARMS DOWN! 共にすべてのいのちを守るためのキャンペーン」が展開されたことは記憶に新しいのではないでしょうか。また、13年には『宗教指導者と共同体のための核軍縮に関する実践情報ガイド』が発刊され、その後、各国語で発刊されました。
現在、核廃絶に向けてWCRPは、核軍縮を政策に反映させるための国会議員による国際ネットワークである「核軍縮・不拡散議員連盟」(PNND)と連携を深めています。これを受けて、WCRP日本委員会は今年4月、参議院議員会館でPNND日本と会議を開き、核廃絶に向けた「共同提言文」を公式発表しました。この活動は、5月に国連で行われたWCRP国際委員会とPNND共催の「核軍縮特別会合」に参加した各国の代表から高い評価を受け、自国での活動に活かす意向が数多く示されました。
核兵器は、人間の尊厳に照らして決して許されるものではありません。あらゆる人の尊厳が守られる世界を願う宗教者が、立法に携わる国会議員と連携を深め、核廃絶に向けて国の政策や方針づくりに貢献していくことは大きな意義があります。
――核廃絶に向け、私たちができることは?
核兵器は、いのちの尊厳や人類の存亡にかかわる大きな問題ですから、一人ひとりが関心を持ち続ける――それが何と言っても大事だと思います。個人の力には限りがありますが、核軍縮や核廃絶への関心が高まれば、社会や世界は必ず動いていくものだからです。
最近の研究では、特定地域の紛争であっても、核兵器が使用されれば影響は地球全体に及び、気候変動によって10億人以上が飢餓に直面すると推測されています。先ほど、核兵器を持つことで敵国の攻撃を抑えるという核抑止政策について話しましたが、実際には東西冷戦時、核兵器を応酬するその一歩手前まで至ったことが何度かありました。幸いにもぎりぎりのところで回避されましたが、想定外の事故を含め、核兵器がある限り危険は消えません。
さらに、近年は、過激派やテロ組織の力が増し、その影響力が世界に広がる中、核の脅威が高まっているという指摘があります。2007年、かつて米国の核兵器保有による核抑止政策や軍事戦略を政権中枢で考えてきたジョージ・シュルツ元国務長官、ウィリアム・ペリー元国防長官、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、サム・ナン元上院議員の4人が、核の脅威から自国を守るには核廃絶しかないと主張しました。過激派やテロ組織には核抑止政策は通用せず、彼らが核兵器を手にする前に、廃絶しなければ安全を保てないというのです。
一見何事もないように見えるこの瞬間も、私たちは核の脅威と隣り合わせで生きていることを知ってほしいと思います。
核兵器は、あらゆるものを破壊する「暴力」の究極の形だと私は考えてきました。同時に、それは、家庭内暴力(DV)やいじめといった、私たちの生活の近いところにある「暴力」と相通じるものがあるとも感じてきました。
ユネスコ憲章に「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という言葉があります。暴力も人間の心から生まれるものですから、核兵器のない世界を築くには、一人ひとりが自らの内面を見つめ直していくことが欠かせません。同時に、自分の身近なところにある暴力の払拭(ふっしょく)に努めることが、実は究極的な暴力の象徴である核兵器の廃絶へと伸びる「一本のレール」につながっていると強く思うのです。
本会会員の一人として、日々教えて頂いている「明るく 優しく 温かい」人間になっていくことが、より良い世界を築くための根本的要件であると感じさせて頂いています。
(2015年7月30日記載)