大聖堂にこのほど、オストメイトが利用できるトイレ(対応設備)が設置されました。オストメイトとは、ぼうこうや大腸のがんなどの病気、事故などにより、腹部に便や尿を排泄(はいせつ)する「ストーマ」(人工肛門・人工ぼうこう)を設けた人のことです。日本のオストメイトは現在、約20~30万人に上ります。
大聖堂1階ロビーの多目的トイレに設置された対応設備。引き戸にはオストメイトマークの表示が追加されました
手術後は以前とほぼ変わらない生活ができます。ただし、ストーマに装着した、排泄物をためる取り換え式の袋(パウチ)を数時間ごとに洗う必要があり、「外出先での排泄物の処理」がオストメイトの大きな悩みの一つといわれています。
今回の設置は今年6月、オストメイト対応設備の有無に関し、会員からの電話を通じた問い合わせがきっかけです。これを受け、施設グループスタッフが佼成病院をはじめ、高速道路のパーキングエリアや駅などを視察し、導入されました。
オストメイト対応設備は大聖堂1階ロビーの多目的トイレに設置。排泄物を流す洗面台のほか、洗浄用の温水シャワー、パウチの装着を確認できる鏡などの機能を備えています。
同グループのスタッフは、「たくさんの方に安心して本部を訪れて頂くため、これからも環境整備に努めていきたい」と話します。今後、オストメイト設備の利用状況を踏まえ、本部各施設での設置を検討しています。
ブーケ・工藤裕美子代表に聞く ストーマ造設に対する正しい理解を多くの人に
社会では、オストメイトに対する理解が十分に進んでいないとの指摘もあります。「ブーケ『若い女性オストメイトの会』」代表の工藤裕美子氏に、オストメイトを取り巻く社会の状況や活動を通しての願いなどを聞きました。
――国内にはどのぐらいのオストメイトがいますか
日本には、障害者手帳を持つ人だけで20万人以上のオストメイトがいます。病気やけがの治療過程で、一時的にストーマを造設する人を含めると、その数はもっと多くなります。
立正佼成会の会員の中にもオストメイトはいらっしゃると思いますが、大聖堂にこの設備ができたことで安心してお出かけになれることと思います。
オストメイトにとって外出時のトイレは、悩みの一つでした。しかし、2006年12月に施行されたバリアフリー新法により、旅客施設をはじめ、デパートやショッピングセンターなどの施設にオストメイト対応設備の設置が義務づけられました。さらに、設備が増えればと願っています。
こうして設備の普及が徐々に進んでいるものの、社会におけるオストメイトへの理解はそう高くありません。肛門や尿道口という“普通の場所”ではないところから尿や便が排出されることだけを知り、「汚い」とか「くさい」といった間違ったイメージが先行しています。とても悲しいことです。
また、オストメイトはストーマに、排泄される尿や便をためるパウチを着けていますが、服を着ると障害があるとは分かりませんから、その境遇をなかなか理解してもらえません。このため、多目的トイレを利用して外に出ると、順番を待っている人に白い目で見られたり、怒られたりするという話をよく聞きます。冷たい視線を向けられるたびに悔しく、悲しい気持ちになるのです。多目的トイレにはオストメイトの設備を表すマークが掲示されていても、多くの方に理解されていません。オストメイトが利用していることを世間にもっと知ってもらいたいと感じています。
――工藤さんご自身もオストメイトですね
私は23歳で結婚し、その5カ月後に直腸がんを患い、人工肛門を造設しました。術後、1、2年した頃、夫に「結婚する前にストーマになってたら、結婚した?」と聞くと、「悪いけど結婚していなかったと思う」との言葉が返ってきました。その後、何年かは一緒に暮らしましたが、結局、ストーマへの理解を得られない夫との生活に限界を感じ、離婚しました。
もう結婚はないだろう――。そう考えていた時に、思いがけず出会ったのが、今の夫です。交際を申し込まれた時、ストーマのことを打ち明け、「一晩考えて」と伝えました。すると、夫は「考えたけど、どういうことか分からなかった。まあいいや」とオストメイトであることにはこだわらず、受け入れてくれ、お付き合いが始まりました。
一方、金融機関で働いていた私は、術後半年が経った頃、体調が落ち着いたことで職場復帰を打診しました。しかし、支店長から「この支店にあなたの席はない。ここには戻って来れません」と言われました。がんを患ったこと、ストーマを造設したことで今までのように仕事はできないと思われてしまったようでした。結局、仕事を辞めざるを得なくなり、別の会社に転職しました。こうした体験がその後の活動につながっていったように思います。
――ブーケを発足した経緯は
日本には公益社団法人日本オストミー協会という、オストメイトの団体があります。私も術後すぐから入会していますが、高齢の方が多いため、仕事、結婚、妊娠や出産など若い女性ならではの悩みを打ち明けるのが難しい状況でした。同年代のオストメイトもいるはずなのに、ストーマを造設してから10年間で出会った同年代の人は3人だけでした。それも遠方の人ばかり。当時はメールもなく、手紙や電話のやりとりでしたので、十分に満足のいく交流、情報交換とまではいきませんでした。
「もっと情報が欲しい。同年代の女性オストメイトともっと話がしたい」。そう思っていた時、大阪に住む1歳年上の女性と知り合いました。思いを共有する中で、「他にも同年代の女性オストメイトはきっといるはず」と1999年に、ブーケの活動を始めました。
会員は現在、賛助会員も含め約400人です。会報を年3回制作して配布し、座談会や食事会なども行っています。若い女性が集まり、みんなが直面している悩みを話して情報を交換することで支え合う、とてもいい関係がつくれています。
――社会に広く伝えたいことは
私自身、がんを患い、ストーマを造設し、離婚を経験したことで、とてもつらい思いを抱えました。でも、ブーケやオストミー協会の活動を通して、たくさんの人と出会い、全国に知り合いができたことは、病気にならなければ経験できなかったことだと感じています。
オストメイトは、排泄障害に恥ずかしさを感じ、自分がオストメイトであることをカミングアウトできない人が少なくありません。打ち明けた時にどういう反応をされるかが怖くて言えないのです。私自身もそういう気持ちが全くなくなったわけではありません。
社会でのオストメイトへの理解が進むことを願って、ブーケではオストメイトマークストラップを作り、オストメイトを知ってもらう取り組みも進めています。
私たちの社会や地域には、病気や障害でストーマを造設し、パウチを着けて生活している人がいること。そして、パウチは防臭素材でできていて、においはしないし、漏れることはめったにないこと。こうした基本的なことだけでもいいので、オストメイトについて正しく理解してほしいのです。
病気や事故などでストーマを造設してオストメイトになったとしても、その人自身は何も変わっていません。身近にオストメイトがいれば、特別視せず、家族として、友達として、今まで通り普通に付き合ってほしいと思います。
【プロフィル】
くどう・ゆみこ 1964年、兵庫県生まれ。99年に10代から50代の女性オストメイトが集い、悩みを共有できる場として任意団体ブーケ「若い女性オストメイトの会」を設立。公益社団法人「日本オストミー協会」兵庫県支部幹事。同協会本部所属20/40フォーカスグループ運営メンバー。会員の体験談を編集した『元気の花束~Living with an ostomy~』(2008年発刊)は当事者だけではなく、医療従事者をはじめ各方面から大きな反響を得た。会名のブーケとは、多様な個性が集い、彩り豊かな〈花束〉となって輝くことを意味する。
ブーケHP http://www.bouquet-v.com/
(2015年11月12日記載)