陸軍特別攻撃隊1036人のみ霊が祀られる「特攻平和観音堂」で慰霊供養を厳修した
第1回「新・学生の船」(青年ネットワークグループ主管、団長=清永智久習学部次長)が8月14日から24日まで実施され、全国14教会から学生ら97人が参加した。教会ごとに大学生が隊長となり、中高生と隊を編成。11日間にわたる集団生活を送った。仲間を思いやり敬う「ブラザー・シップ」を通して、教えをもとにした生き方や平和の尊さについて学ぶことが主な目的だ。今回が初の試みとなった。
互いを信頼し磨き合う中で平和を築く尊さ かみしめ
大型客船「ダイヤモンド・プリンセス」
渡航中、各隊は一日の行動指針や寄港地での過ごし方を計画し、仲間と連携しながら行程に臨んだ。朝の集いで気持ちを一つにし、夜には法座を通して仲間と一日の学びをかみしめ合う。隊の中では、高校生が中学生と関わり合い、日々の心の変化や成長を大学生と共有しながら結束を深めていった。
一行は、15日に大型客船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗船。清水、別府、鹿児島、釜山(韓国)、名古屋に寄港し、24日に横浜港に帰着した。
寄港地では、太平洋戦争末期に編成された「特別攻撃隊」にゆかりのある大分・宇佐市の「八幡総本宮 宇佐神宮」や、鹿児島・南九州市の「知覧特攻平和会館」を訪れ、平和を祈り、特攻隊員の遺品や家族への遺文を見学した。多くの犠牲の上に今の平和な暮らしが築かれたことを学び、航海に送り出してくれた両親への感謝を口にした学生たち。その後、特攻隊員のみ霊(たま)が祀(まつ)られる「特攻平和観音堂」で慰霊の誠を捧げた。
慶州ナザレ園を訪れ 入居者と交流
慶州ナザレ園では入居者と交流。ふるさとの日本を象徴する童謡「ふじの山」を共に歌い、心を通わせた
21日早朝。快晴のこの日、船は釜山港に入港。一行は慶州市にある「慶州ナザレ園」を目指した。同施設には、戦時中、韓国人と結婚した日本人女性が保護され、生活している。「私たちには戸籍がなく、日本に帰れない。それでも日本を忘れたことはありません」。入居者の一人がそう言って隊員の手を握った。ふるさとを思い出してもらいたい――。隊員たちはそんな願いで、童謡「ふるさと」や「赤とんぼ」を披露した。すると、入居者たちも歌い出した。目に涙を浮かべる隊員たち。行程を終え、船で参加者を前に葛飾教会会員(15)が感想を発表した。「おばあちゃんが戦争当時のことを泣きながら話してくれました。この施設が、『一食(いちじき)を捧げる運動』に支えられていると知り、お昼は全員で食事を抜きましたが、私たちの隊では献金もさせてもらいました」。その話に感化され、他の隊が追随した。隊長(22)=同教会=は、「初めは自分の気持ちをなかなか話してくれなかった隊員が、日を追うごとに心を開いてくれるようになりました。成長してほしいという願いを持って接すると、高校生にリーダーとしての自覚が生まれ、やがて中学生にもその思いが伝わる。『一食を捧げる運動』に取り組んだ隊員の熱意を受けて、他の隊員も心を合わせて実践できたことがうれしかった」と利他の心を分かち合い、皆が自発的に実践できたことへの喜びを語った。
学びを通じ 目標新たに
ナザレ園を前に集合写真。参加者は、同園を紹介するVTRを視聴後、宗美虎理事長から施設の説明を受けた
23日には、名古屋教会で解団式が行われ、多くの隊員が誓願発表に立った。「頼られるリーダーになります」「身近な人を大事にします」「感謝を言葉と
行動で伝えます」。それぞれが渡航で得た学びから、新たな目標を打ち立てた。
隊長の大学生たちは、航海中、毎晩会議を重ねて隊の結束を深めようと奔走した。清永団長は、そうした14人の隊長をねぎらいながら、「ナザレ園の方々は、ふるさとである日本に帰りたくても、帰れませんでした。それは戦争があったからです。戦争を起こすのは人ですが、平和をつくるのも人。平和への一歩は、今回の渡航で築いた『ブラザー・シップ』、すなわち信頼関係です。そのことに気づいた私たちから行動していくことが大切です」と結んだ。
(2016年9月23日記載)
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