私は、WCRP(世界宗教者平和会議)国際委員会共同会長、同日本委員会理事長などの役にあり、諸宗教対話・協力に微力を尽くしております。
WCRPは昨年、創設40周年を迎え、日本委員会は日本の京都と奈良で、数々の記念事業を実施しました。中でも、特に注目を集めたのは、京都で「イスラーム指導者会議」を開催したことです。
会議には、サウジアラビア、エジプト、インドネシア、イラン、イラク、パキスタン、パレスチナ、トルコからイスラーム指導者、学者が参加し、そこに、日本の宗教指導者、学者が加わり、アフガニスタンおよび世界各地の和解を目指し、対話が重ねられました。最終的に、参加者の総意として「平和と共存のためのイスラームのメッセージ」が以下のようにまとめられ、採択されました。
『我々は、イスラームが全人類のための平和と慈悲の宗教であることを確信する。イスラームは、生命の神聖と人間に内在する尊厳を尊重する。これは、人種・肌の色・言語・宗教の違いを区別しないあらゆる人権の基盤となるものである。イスラームは、人類が様々な種族と部族に分けられたのは兄弟愛に基づいて互いによく知りあうためであることを根本原理として教えている。
我々は、イスラームが真理と正義に基づく寛容・中庸・人類家族の一体性を推し進めるものであることを信ずる。イスラームはムスリムの間だけではなく、異なる信仰をもつ人々との普遍的な兄弟愛と連帯を重視する。さらにまた、イスラームは自然と環境との調和を要求するものであることを認識する。
我々は、ジハードがイスラームの重要な教えの一つであり、それゆえジハードは、イスラームの教えの総合的な文脈の中で理解されなければならないものと確認する。そしてその教えは、真理と正義に基づいて他者との平和的関係の確立にむけてムスリムを導くものである。大ジハードは、まさしく、創造主の御心に従って自己を変革し、創造主がお創りになられたもののさらなる向上のために、そしてまた公正、かつ豊かで、平和な社会の発展のために奮闘努力することである。一方、小ジハードは、イスラーム法に基づいた自己防衛を目的とするものであり、さらに他者に対する侵略戦争、あるいは自爆行為を含む、いかなる手段によるものであれ、無辜(むこ)の人々を殺すことを許すものではない』
このメッセージは現在、日本委員会に加盟する各教団により、広く信者・信徒および国民に伝えられています。また国際委員会を通じて、世界に発信する努力もされています。『文明間の共存への道』を確実に歩んでいくには、このような会議を通して、誤解や偏見を払拭(ふっしょく)し、真実の宗教の姿を明らかにすることが不可欠でありましょう。
さて、40周年の記念事業では、奈良の大会で、今後の方向性を示した「まほろば宣言」が採択されました。
今から1300年前、奈良の地は、生命を育み、信仰を育て、豊かで、美しく、調和のとれた場所と称えられ、「まほろば」と呼ばれております。陸と海のシルクロードからもたらされたアジア各地域の豊かな多様性は、奈良で日本の伝統文化と見事に融合しました。
日本は、上代に名称を「大和(やまと・だいわ)」と定められたことがあり、これは「Great Peace」「Great Harmony」を意味するといわれます。国のひいては世界の「大いなる平和」「大いなる調和」は、元来、日本の古今を通ずる本願であり、それが「まほろば」という言葉の根底に流れる精神だと申せます。
「まほろばの心」は、宗教的・文化的・知的・社会的多様性を重んじる精神性であり、調和を築く礎となるものです。この精神の大切さは、国や地域、宗教や文化の相違を超えて、ご理解頂けるものではないかと思います。調和のある世界を築くには、皆が共有できる普遍的な価値観を見いだすことが根本となります。
日本の有名な道歌に、『分け登る ふもとの道は 違えども 同じ高嶺の 月を見るかな』とあります。宗教の教義、儀式・儀礼、活動などの特異性、相違はあっても、どの宗教も目指すところは、ただ一つだということです。簡潔に表現するならば、すべてのいのちが尊ばれる「平和」な世界、「愛」や「慈悲」にあふれた世界のことです。
人間は一人ひとりが、縁あって固有の父母のもとに生まれ、固有の地に暮らし、さらには固有の宗教に結ばれ、今を生きています。そして皆が、各自の親を尊敬し、生まれ育った国土に愛と誇りを持ち、自らの宗教を信じています。それが、世の中のありのままの相(すがた)です。
人間は、あらゆる宗教を学び、その神髄を究めた上で、自らの依りどころとする宗教を選択するわけではありません。またそれは、一生をかけようとも、不可能でありましょう。家族や民族、地域的な伝統などを通して出遇(であ)った宗教に結ばれ、その教えを信じ、日々を真剣に生きていきます。
そして、異なる宗教を持つ人々も、皆、同じように固有の信仰と出遇い、その教えをもとに「平和」な世界、「愛」や「慈悲」にあふれた世界を目指して真剣に生きていると見る立場に立ってこそ、真に他を尊重する思いが湧(わ)き起こってまいります。このような信仰を持つ人々の共通点を理解し、すべての宗教の目指すべき普遍的な価値に気づくには、今会議のような継続的かつ積極的な諸宗教間対話の場が不可欠です。
『文明間の共存への道』は、一朝一夕に進展するものではありません。WCRPとしましても、今後、皆さまと協力関係を築きながら、地道な努力を重ねてまいりたいと存じます。
(文責在記者)
(2011.03.04記載)