1977年、トラン・バン・ソンさんらは小型船で母国を脱出
東日本大震災の被害に対し、難民として1977年に立正佼成会の小湊ベトナムキャンプで生活し、現在米国に定住する34人を代表してトラン・バン・ソンさんから本会に義援金千ドル(小切手)が届けられました。難民として救助された34人の当時の写真とお見舞文が同封され、感謝の思いとともに被災者への応援の言葉がつづられていました。
漂流中、日本船に救出された34人は本会の小湊ベトナムキャンプに滞在した
ベトナム戦争とその後の社会主義化に伴い、同国では1970年後半から80年代にかけ、大量の難民が発生。小型船で祖国を脱する「ボートピープル」が後を絶たず、難民の受け入れが大きな国際問題となりました。
本会は77年4月から小湊教会に隣接する佼成学園の臨海学校用施設(のちに同キャンプ開設)に難民を受け入れました。その後、18年間にわたって受け入れを続け、祖国を離れた計476人がこの地で生活を送りました。
見舞文を寄せたトランさんら34人は最初に小湊の施設に受け入れられた人々。当時、南シナ海を漂流中に三光汽船所属の大型タンカーに救助され、米国に渡るまでの半年間、同教会に滞在しました。
見舞文には難民となった経緯や救助された時の様子に加え、同教会での生活が記され、「住まい、食料、衣服を小湊教会や近隣の皆さまが提供してくださいました。温かいおもてなしを頂きましたことは、私たちの心の奥底に根付いております」と、謝意が表されました。
その上で、地震と津波による被害、東京電力福島第一原子力発電所の事故に対し、「このたびの窮状は耐え難いものであるものの、世界中が日本人の勇気、回復力、冷静さを賞賛しております」とメッセージを寄せ、感謝の思いを込め千ドルを寄付することが記述されていました。
当時、小湊ベトナムキャンプ管理事務所所長を務め、難民と寝食を共にした青木健蔵氏(92)は見舞文を目にし、「受け入れはたくさんの方々の協力があってできたこと。今も日本を忘れずにいてくれたことがうれしい」と語りました。
(2011.05.12記載)
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年