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2015年05月14日 第32回庭野平和賞受賞記念講演 『障壁を取り除くために』 エスター・アビミク・イバンガ師

ミナサマニ ゴアイサツ モウシアゲマス。
私たちの主また救い主であるイエス・キリストの尊い御名において、皆さまにご挨拶申し上げます。

庭野平和財団から第32回庭野平和賞の受賞を報せるEメールが届いたとき、これは詐欺メールに違いないと思いました。なぜ仏教徒が設立した団体が、アフリカに住むキリスト教の一女性牧師を表彰したいのか、私には理解できませんでした。それまで日本に行ったこともなければ、東京につながりもなく、何の関係も思い当たりません。しかし、しばらくして、それが詐欺メールではないことが分かりました。そして、いま私はこうして皆さまの前に立ち、Eメールの内容が本当だったことを証明しています。

今回の経験は、世界には自己の内奥にある本性を見直し、差別の種を除き、宗教の違いから生じる心の壁をなくそうとした人々が今でも存在していることを教えてくれました。こうした特別な人々は日常から脱却し、世界平和のために人間の域を超えた道を歩んでいます。人種、宗教、民族、国籍は違っても人類は皆平等な家族であるとの哲学のもと、彼らは一つの運動を立ち上げました。そして世界に向けて人間の生命尊重の道を示し、人類に貢献し、また人類を向上させるため、たゆみない取り組みを続けてきました。そして私たちが住むこの世界をより良い場所にするため、長年にわたり、世界を変革する人々に対し相互協力を促してきました。彼らは宗教間の壁を壊し、平和に向けて世界の数多くの宗教のエネルギーを結集させたのです。彼らは神の徳性を表しています。なぜなら、神は真に世界を愛するが故に、私たちが神を受け入れようと受け入れまいと、死をもってすべての者の罪を贖(あがな)うため、愛するひとり子をこの世につかわされたからです。

この類まれな財団の創設者である庭野日敬師と、その価値観を今日まで引き継ぎ実践されている人々に応答していくことが、私たち皆に求められています。庭野日敬師は世界平和の妨げとなる障壁の存在に気づき、その壁を取り除こうとされました。庭野師が抱いたビジョンは信者の皆さまに託され、今日も実践されています。宗教間の不調和の壁を取り除き、世界平和を育む環境を作るため宗教協力の推進に生涯を捧げた人々に対し、その活動を表彰し、奨励し、発展させたビジョンは、庭野師のような先見性に満ちた人物にこそ実現可能なものです。庭野師のおかげで今日私は皆さまの前に立つことができました。このことがはっきり示しているのは、ビジョンに限界はないということです。ビジョンがあれば、目的の達成に向けてあらゆる行動が可能になり、世界中から誰でも呼び寄せることができるのです。

そうした意味で、このたび庭野平和財団によって授与された第32回庭野平和賞の受賞者に選ばれたことは、私にとって特典であり名誉なことであります。平和構築と紛争解決に向けた私の活動を評価してくださった皆さまの一人ひとりに感謝申し上げずにはいられません。今年の受賞者に私を推薦し選んでくださった皆さまのおかげで、この賞を頂くことができました。この賞は私への激励であり、「人間の生命への投資は決して失われない」という私のモットーを証明してくださるものです。神は不公平ではないので、愛によって為された仕事をお忘れになることはありません。ですから、この賞は、必ずや皆さまのもとに還っていきます。世界平和のために闘う同志の皆さま、いかなる苦難に遭おうと、またいかなる抵抗を受け、挫折し、誰にも褒められなくても、自分の信じることを続けてください。時が来れば、皆さまの活動は必ず聞き届けられます。

アフリカ、とりわけナイジェリアは、これまで数えきれないほどの戦争、危機、殺人、戦闘、誘拐、暴力に苦しんできました。そのほとんどが民族や宗教の違いによるものです。それらは人々に甚大な苦しみ、痛み、悲しみをもたらしました。悲しみに心は打ちひしがれ、住む家は破壊され、家族は離散し、生活は崩壊しました。不幸にも、こうした苦難の最大の被害者は女性や子供たちでした。人々の間には憎しみ、分断、不和が生まれ、愛する祖国とアフリカ大陸の発展を妨げてきました。しかし、ナイジェリアの女性や子供たちに癒やしと希望を与えていこうと決心した人はわずかです。民族や宗教の違いを利用して政治がつくり上げた障壁を取り壊すこと、それが私たちの望みです。

私が住んでいるナイジェリア・プラトー州は、無数の民族間・宗教間の危機によって荒廃し、それが「障壁なき女性たちのイニシアチブ」創設の背景にありました。殺人、誘拐、大量虐殺が頻発し、まさに手に負えない状況でした。プラトー州の先住民(主にキリスト教徒)は、同じ州に長年住んでいる移住者(ハウサ族・ムスリム)と戦争状態にありました。彼らは互いに武力攻撃を繰り返し、双方に甚大な人的・物的被害をもたらしました。多くの人命が奪われ、集団埋葬が日常化しました。ここでも最も苦しんだのは女性と子供です。女性たちの多くが夫と子供の両方を亡くしました。しかしドゴンナハワの例では、530人ものキリスト教徒の女性や子供たちの生命が、イスラームの原理主義者によって奪われたのです。こうした殺りくをやめさせ、悪しき行為に終止符を打つことが強く求められていました。

その後、2010年3月、私は数人のキリスト教徒の女性たちと一緒に、非暴力による抗議デモを主催しました。州の各地から約10万人のキリスト教徒の女性が集まり、殺りくをやめるよう共に声を上げました。私たちは黒服を着てジョスの市街を州議会や知事の公邸に向けて行進し、女性や子供を中心に無差別な殺りくが行われたことへの深い悲しみを表明し、政府が犯人を見つけ出し裁判にかけるよう要求しました。抗議デモを通して、女性たちはプラトー州の平和と、暴力の排除に向けた呼びかけの最前線に立つようになりました。キリスト教徒の女性による抗議デモに応答して、ジョスで起きているムスリムに対する殺害行為をやめるよう要求し、ムスリムの女性たちも非暴力の抗議デモを行いました。彼女たちも愛する家族を殺害された被害者です。しかし、二度の抗議デモにもかかわらず、殺りくは止まりませんでした。私がムスリムの女性たちに対し、宗教や民族の違いを超え、一丸となって民族間・宗教間の暴力と闘うことを強く求めていこうと決めたのはこうした状況からでした。平和のためには、同じ目的を持った女性たちの共同体を創設し、キリスト教徒とムスリムの住民間の平和共存に向けた主張と働きかけを行っていくことが重要でした。私たちは政治に巻き込まれることを拒絶し、前向きに解決策を求めることを旨としました。

私たちに分かったことは、障壁の原因は人々の心の中にあることでした。その原因とは固定化したものの見方です。人々は多くの間違った考えを正しいと思い込むようになり、「同じ民族や宗教でない者は兄弟姉妹ではなく、信用できない敵」と考えていたのです。戦争中に受けた被害に対し憎しみや恨みを募らせ、報復の機会を待っていた人もいました。彼らは戦争で失ったものの恨みを、他の地域の住民たちに転嫁してきたのです。何らかの対策をとらない限り、キリスト教徒とムスリムの共存はあり得ないことは明らかでした。そのため、私たちは双方の宗教指導者や民族の長に対し、強く呼びかけを行いました。治安機関と女性指導者、そして青年たちは、キリスト教徒とムスリム両方の部族や宗教の女性指導者たちと一緒になって、何回も記者会見を開き、一般住民に向けて、彼らの言語で語りかけました。しかし、言葉は違っても訴えかけた内容はいつも同じでした。その内容とは平和を強く希求するということです。また「障壁なき女性たちのイニシアチブ」の活動の一環として、平和集会や学校での読み聞かせを始めました。

こうして民族や宗教の壁はかなりの程度まで取り除かれ、またキリスト教徒とムスリムの間の危機から生じた憎悪、苦痛、苦悩、不信への取り組みも行われました。その後私たちは、地域住民の不満に対処し、それぞれの地域社会の入り口の役割を果たすべく、不安定な状況の中で相互の信頼、愛、いたわりの心、責任感を醸成し、開発プロジェクトを開始しました。こうした活動が平和への環境づくりの端緒となり、それが発展して現在の状況が生まれたのです。障壁がまっすぐに立っている間は平和とは言えません。今回、キリスト教徒とムスリムの女性たちが一緒になり、私たちは「娘たちを返せ」を活動のスローガンに抗議行進を行いました。ボコ・ハラムによる女子生徒たちの誘拐事件以来、私たちは不安定な状況に置かれているキリスト教徒とムスリムの4つの地域社会で、暴力的な急進主義とテロリズムに対抗する活動を継続してきました。

目標の達成に向け、私たちは組織活動の中核として、次の7項目のテーマを策定しました。
1.    すべての関係者に向けたアドボカシー(権利擁護のための意識喚起と活動)
2.    国内避難民や貧困者に対する援助活動
3.    平和構築活動に関わる女性たちのトレーニング
4.    貧困による不満を抱えた地域の開発プロジェクト
5.    10代の戦争被害者の心的外傷の治療と和解
6.    警察と地域住民の間の対話
7.    母親学校など、地域や海外の姉妹団体との協働
こうした活動を通じて、私たちはナイジェリアのプラトー州におけるキリスト教徒とムスリムの地域住民間の平和回復に大きな成果を上げることができました。

私たちは分離の壁を乗り越え、「障壁なき女性たちのイニシアチブ」を創設しました。これは「平和は実現できる。自分たちがその発端になろう」と考える女性たちの団体です。こうした女性たちは、自分が夫や子供たちが物事を決める際に影響力を持っていることを知っています。今では男性や若者が鉈(なた)や銃を持ち歩き、些細なことから仲間とけんかしたり、殺人を犯したりすることはなくなりました。争いの解決に向け、より良い方法の存在を知ったからです。誰かを殺すことはそこには含まれていません。平和が優先されるようになったのです。

このように大きな前進はありましたが、まだ検討すべき領域がたくさん残っています。牧畜を営むフラニ族と他の地域住民との間の問題もその一つです。それはプラトー州に限られたものではなく、ナイジェリア全体の問題です。紛争地域に平和を取り戻そうと取り組んでいるNGOやそれぞれの州政府に、私は感謝しなくてはなりません。これはナイジェリアだけでなく世界中の関係者へのお願いです。ナイジェリアの一部の人々の心理には、宗教と民族の違いによってできた障壁がありますが、その障壁を取り除く包括的な手段を考えていくために協力して頂きたいのです。障壁は現実のものではなく、心の中に存在します。その壁を取り除き、平和を醸成し私たちを取り巻く生命を守るために、新たな思考方法を打ち立てなければなりません。私はそれに真剣に取り組み、また同じ考えで懸命に努力しているすべての人々に代わってお話ししているつもりです。

共に働く仲間たちや「障壁なき女性たちのイニシアチブ」を支える最愛の姉妹たちがいなければ、この賞を頂くことは不可能だったでしょう。「生来の改革者たる女性による、ナイジェリアの紛争解決と平和構築に向けた非暴力かつ包括的アプローチの開発」が私たちのビジョンですが、それに向けた彼女たちの献身的な取り組みと勇気は驚くべきものでした。彼女たちと私は共に闘い、民族や宗教の異なる女性や若者たちに会うために、最も不安定で危険な地域にも入りました。私の姉妹たちよ、私はあなたたちの一人ひとりに祝福を贈ります。これはあなたたちのひたむきな貢献に対し、その意義を評価し激励する賞なのです。

ここで、これまでナイジェリアを苦しめてきた暴動について、お話をしなければなりません。国際的にナイジェリアの国名が出されると、そのすぐ後にボコ・ハラムの名前が登場することは、皆さまもご周知のとおりです。ここにいる私たちが信じているそれぞれの宗教に共通する教えを、ボコ・ハラムが実践していないことは明らかです。そして、人間の生命は神聖であり、いかなる理由があろうと、誰にも他人の生命を奪う権利はないことも明白です。ナイジェリアに関するニュースでは、ボコ・ハラムによる爆弾テロ、殺人、大量殺りく、誘拐に関するニュースがCNN、BBC、アルジャジーラ、NHKの国際放送、テレビ朝日-ANNなどのメディアやタブロイド紙のヘッドラインを飾っています。はっきりしていることは、平和を求める闘いは立ち止まってはならない旅だということです。目的がいつ達成されるか私には分かりません。しかし一つ確かなのは、平和は常に暴力に勝利するということです。

昨年、276人のチボックの女子生徒の誘拐事件が大きなニュースになりました。ボルノ州を拠点とするボコ・ハラムが女子生徒を誘拐し、どこか私たちの知らない場所に連れ去りました。グループのリーダーが誘拐した女子生徒たちを外国に奴隷として売りとばすと脅迫したとき、私は少女たちに与える心的外傷のことが心配でなりませんでした。少女たちは、両親の愛情、庇護(ひご)、腕のぬくもりを奪われ、国全体を巻き込んだすさまじい恐怖を体験しています。少女たちとそのご両親にとって、心に深い傷を残す実に痛ましい事件です。

世界中から寄せられる多くの声に合わせて、2014年、「障壁なき女性たちのイニシアチブ」は女性たちを集めて抗議集会を開き、ナイジェリア政府に対し誘拐されたチボックの少女たちの捜索を加速し解放を保証するよう要求しました。地域においても、また国連を含めた国際的な場面でも、私はあらゆる発言の機会を利用し、チボックの少女たちの解放を継続して求めてきました。神と共にいれば、何も不可能なことはありません。ですから私はいつか必ず少女たちが解放され、心の傷が癒え、元気を取り戻す日が来ることを諦めてはいません。

平和への闘いの途上で命を落としたすべての英雄たちに向けて、私は次のように申し上げたいと思います。「誰もあなたを忘れはしない。あなたがナイジェリアのためにいかに勇敢に闘ったか、私たちは子供たちに伝えます。大義のためにあなたが命を投げ出した事実は、私たちにとって決して忘れることのない遺産です。ナイジェリアの教科書に記されたあなたの不死の名声は、永遠に消え去ることはありません。ナイジェリアの国歌には、『我らの過去の英雄の労苦は、決して無駄になることはない』と謳われています。それは、いま命ある私たちは、平和への闘いを続け、あなたの遺産を受け継ぎます、という意思表明です。私たちの子供たちや、その子供たちも、この遺産を受け継いで生きていきます。時の流れも、私たちの記憶からあなたを消し去り、私たちの心からあなたを追い立てることはできません。平和の道を歩む人々の生命は永遠であり、あなたが忘れられることは決してありません。あなたがたは皆、これからも生き続けます」。

今回の暴動で息子や娘、兄弟姉妹、父母、そして親戚を喪(うしな)ったすべての家族に向けて、この闘いは、必ずや最後に勝利を得ると申し上げたいと思います。平和は常に勝利します。ナイジェリア各地の国内避難民用キャンプに収容されている人々に対し、キャンプでの生活は一時的なものだとお伝えしたいのです。戦いは間もなく終わり、家に帰ることができます。我が家に勝る場所はないことを、私はよく知っています。皆さんが家に帰ることが私たちの心からの願いです。どうか落胆しないでください。そして心の中の恨みや憎しみ、怒りや復讐心を膨らませないでください。腹を立てたり、仕返しをしたいと思うのは仕方のないことですが、どうかそうした思いは捨ててください。そして憎悪や復讐の萌芽を心に持ち続けるのはやめてください。あらゆる人智を超えた神の平和によって、あなたの心を守ってください。なぜなら、赦(ゆる)すことで私たち自身は他者と共に自由となり、愛することで私たちは神の徳性を表し、この地上で神の如く生きられるからです。兄弟姉妹たちよ、どうか強さを失わないでください。

ボコ・ハラムの撲滅は一つの事項であり、その後の被害者の癒やしのプロセスにはさらに多くの活動が必要です。「障壁なき女性たちのイニシアチブ」はそれに取り組んでいます。難民キャンプで生活している国内避難民たちを、以前住んでいた地域に帰してあげなければなりません。彼らには、自分たちの地域社会を取り戻し、生活を取り戻すことが必要です。若者たちは学校に戻り、女性たちは町の市場に戻り、またある人たちは教会やモスクに、あるいは職場や農場に帰らなければなりません。避難民の社会復帰に向け、適切な計画の策定が必要とされています。彼らには、生活を取り戻す必要があるのです。

さらに注意が重要なのは、避難民の多くが心的外傷を負い、苦悩していることです。彼らの多くが悲しみに打ちひしがれています。しかし、彼らの心に生まれた復讐心や怒りや恨みを大きく膨らませてはなりません。それは、もし被害者の心に、特に若者の心にそうした感情が芽生えて大きくなると、自分たちが失ったものや経験した苦痛に対し、復讐することだけが気持ちを晴らす唯一の方法だと考えるようになり、それはさらに深刻な混乱を引き起こす新たな世代を生み出すことになりかねないからです。彼らには癒やしが必要です。なかには心理的・精神的治療が必要な人もいます。彼らが心の健康を回復することは非常に重要なことです。いつあるか分からない攻撃や爆発への恐怖や不安から完全に解放され、再び一つになったナイジェリアをぜひこの目で見たいと私たちは思っています。

それは、あらゆる人々や組織、政府、そして国際社会に求められていることです。私は暗黒が光明に勝利するのを見たことがありません。それをナイジェリアに許すことはできません。この災いに終止符を打つために、常にこの国のために皆で祈りを捧げ、救いの手を差し伸べていきましょう。私の愛する祖国に平和を取り戻すために、国際協力は大きな力を発揮します。ご承知のように、世界平和の達成は極めて重要な課題です。「障壁なき女性たちのイニシアチブ」は、被害を受けた地域に完全な平和を取り戻すために、誰とでも、どのような組織や政府とでも協力することを厭(いと)いません。

このように素晴らしい賞を与えてくださったことに、あらためて御礼を申し上げたいと思います。この賞は、残酷にも目の前で夫や子供たちを鉈で殺されたプラトー州の女性たちや、キリスト教とイスラームの地域住民間の平和と紛争解決のために闘ったすべての女性たちに贈られるものです。また、チボックの女子生徒たちの母親をはじめ、子供たちを暴徒に誘拐された多くの母親に与えられるものです。そして、誘拐された女子生徒たちの救出を求めて共に闘う仲間たちに対する賞であります。この賞はナイジェリアの女性たちのものであり、またザンビア、リベリア、スーダン、南アフリカ、ケニア、アルジェリア、マラウイをはじめ、アフリカのすべての国の内陸の村々で、自分たちの地域や国、さらにアフリカ大陸と全世界の平和のために、たゆまず活動しているアフリカの女性たちに贈られるものです。世界平和への障壁を取り除こうとされている皆さまの努力には計り知れない価値があります。皆さまはすべて、私のインスピレーションの源泉です。

今日は私にとって忘れられない日です。それは受賞者として迎えて頂いただけでなく、人生は慈愛と奉仕に尽きることを教えてくれた素晴らしい私の夫、イコ・イバンガと結婚した日が、ちょうど21年前の今日だからです。夫の支えと励ましは、戦いのやまない故郷に平和を切望する私に、いかなる困難があろうと前進する心の強さを与えてくれました。とても困難で達成が不可能に思える仕事を抱えている時も、いつもそばにいて支えてくれる夫に感謝の気持ちを伝えたいと思います。

そして私の子供たち。ママが家にいないときも我慢して、思いやりの心で応援してくれてありがとう。お母さん、私に規律と努力の大切さを教えてくれてありがとう。お父さん、ありがとう。あなたがこの世から去った今でも、あなたが遺した言葉は、今も私の胸に鳴り響いています。Baban mace!

私の教会、JCMI(ジョス・キリスト教国際ミッション)レムナント教会、キリストの強大なる戦士たち、そして勇敢なる勝者たちよ。収穫の季節が巡って来ました。
私の家族、兄弟姉妹、友人たち。ありがとう、皆さんの応援と信頼に感謝します。
抵抗に遭って壁を崩せないでいるのを目にされた、私の指導牧師のトゥンデ・バカレ牧師さま。最も困難なときも諦めないことを教えてくださり、ありがとうございます。

最後に、私に「万国の預言者」を命じ給うた神と救い主イエス・キリストを称賛いたします。主がおられなければ、私には何もできないからです。その人智を超えた比類なき偉大さと恩寵に感謝いたします。すべての栄光は主のものです。
そして、ヘイワヲ アナタト イッショニ。
皆さまに神の祝福がありますように。アーメン。

(2015年5月22日記載)