広大な土漠に設営されたザータリ難民キャンプ。ピーク時には、12万を超える人々が暮らしていました
中東で民主化運動のうねりとなった“アラブの春”から4年半。シリアでは、アサド政権と反体制武装組織、過激派組織「IS」、さらにクルド人勢力が入り乱れ、今も戦闘が続いています。内戦による犠牲者は23万人を超え、400万人の避難民が発生しました。隣国ヨルダンに戦火を逃れたシリア難民は63万人。ヨルダン北部マフラク県の土漠地帯にUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が開いた世界最大規模のザータリ難民キャンプには、現在8万人が暮らしています。土漠地帯という過酷な自然環境の中で難民の生活基盤(衣食住、教育、医療、水・電気など)の整備が急務とされます。特定非営利活動法人ジェン(JEN)は、2012年12月から、同キャンプで水・衛生対策を中心に難民支援を展開してきました。今夏、立正佼成会一食(いちじき)平和基金事務局スタッフの現地視察に同行しました。同基金が支援するジェンのプロジェクトの成果、現地の様子を報告します。
過酷な難民キャンプ
ヨルダンの首都アンマンから北へ車で1時間半、車窓に乾いた土漠の景色が広がりました。総面積約6平方キロの区域に、無数のキャラバン(仮設住宅)とテントが建ち並んでいます。
ザータリ難民キャンプ。ヨルダンへの難民流入はシリア内戦が激化した2011年から始まりました。翌年7月、同キャンプはシリアとの国境から十数キロの土漠地帯に開設され、ヨルダン政府はじめ国連機関、各国政府、国際NGOの協力で運営されています。人口密度、1平方キロあたり1万3000人を超える過密状態です。
63万のシリア難民のうち8割以上の55万人は同キャンプではなく、シリア時代の蓄えや地縁血縁を頼りに、ヨルダン国内の各県に散らばるホストコミュニティー(難民を受け入れる地域社会)で暮らしています。同キャンプに居住する8万人は経済的にも脆弱(ぜいじゃく)で、ダラアやホムスなど内戦の激戦地となった地方都市の出身者が少なくありません。
水資源の乏しいヨルダンでは、最も重要な支援活動の一つとされる水・衛生対策が困難を極めている状況です。ユニセフ(国連児童基金)が水供給、衛生教育、公衆衛生(衛生設備)など水関連事業全般を統括し、ジェンはそのパートナーとして、約3年にわたり水・衛生対策を中心とした支援に従事してきました。
「健康は人間が生きていく上での基盤。健康を維持するためには、清潔な水とトイレ、さらに衛生習慣が欠かせません。難民自らが意識を高めて身につけなければならない衛生習慣の啓発を、ジェンは戦略的に展開してくれています」。同キャンプのベース基地で開かれた一食平和基金事務局スタッフへのブリーフィングで、ユニセフ水衛生専門家のアブラサク・カマラ氏はジェンへの信頼をそう語りました。
水・衛生対策の徹底に協力
研修と実践を通して子どもたちは正しい手洗いの仕方を身につけます
ザータリ難民キャンプは全12地区に分けられ、3・4・5地区(住民約1万5千人)の水・衛生対策をジェンが取り組んでいます。上下水道の設備はなく、飲料、生活用水はキャンプ内の三つの井戸からくみ上げた地下水とキャンプ外から搬入した水を合わせ、一日に約360万リットルを使用します。毎日、タンクローリーによって各地区の貯水タンク(2千リットル)に給水され、近隣の住民がポリタンクを手に水をくみにやってきます(1人1日35リットル)。
ジェンは三つの地区に点在する320本のタンク、65カ所の公衆トイレ、シャワー、洗濯場などの維持管理のほか、水質検査も担当。各地区に、住民ボランティアによる衛生施設を管理する委員会を設置し、公衆トイレの修繕などを協力して行います。また昨年から、給水車が各地区のタンクに適正に給水しているかを定期的にモニタリング調査することで、公平で安定した水の供給を実現しました。
4地区に設置された大型タンク群を視察していると、近所に住んでいるというアブカバルさん(55)が声を掛けてきました。「私はザータリに来て2年になるが、ジェンのおかげで水の供給がスムーズになって感謝しているよ。上下水の施設ができれば、ここでの生活も、もっと良くなるだろう」とアブカバルさんは話します。
ユニセフの主導により、来年中の完成を目指し、水供給と排水のネットワークを構築する計画が動いています。中核団体としてジェンもプロジェクトに参画。水供給ネットワークは、最大40万リットルを貯蔵できるタンクなどを連結した複数の大型タンクに井戸から水をくみ上げ、その水を各地区に張り巡らせたパイプラインを通して各世帯へ届ける仕組みです。排水ネットワークでは、最大10世帯の汚水が一つのタンクに溜(た)められ、そのタンクをパイプラインで浄化プラントへつなぎます。同プロジェクトが完成すれば生活排水や汚水の垂れ流しを防ぐことができ、キャンプ内の衛生環境が改善されます。
設計に携わるジェンのエンジニア、モナさん(29)は「どちらの計画も難民の方々に理解、協力してもらいながら進めることが重要です。私にとっても、大きな挑戦ですが、皆さんと一緒に困難を乗り越え成功させたい」と意気込みを語ります。
適切な衛生習慣を学ぶ
タンクを定期的にメンテナンスするジェン現地スタッフ
気温40度。砂漠気候特有の焼けつくような乾いた暑さの中、4地区の集会所を訪ねると、「子どもの水・衛生対策セッション」が開かれていました。ジェンスタッフの指導のもと石鹸(せっけん)を使った手指の適切な洗い方、歯磨きの仕方を子どもたちはクイズや実演を通して楽しく学びます。毎週実施されるこの衛生教育にジェンは力を注いでいます。「参加した子どもたちには、講習で得た知識や情報を学校の友人や家族に伝え広めてほしい。多くの人に衛生習慣を身につけてもらうきっかけをつくりたい」と、担当スタッフのアマールさん(27)は力を込めて話しました。
このあと、5地区で催されたコミュニティー衛生プロモーター育成のための講習会を視察しました。主に女性を対象にした月一回の衛生促進活動で、口腔(こうくう)ケアなど衛生教育を中心に、ポリオやA型肝炎、熱中症の予防など多様なトピックを取り上げています。講習会で学んだ内容を参加者は地域住民と共有し、疾病予防や衛生への意識を高め合います。
この日、集会所のテントには15人の女性が集まりました。ヒジャブを身にまとったシリア人のエスラさん(20)は、「ここで私が学んだ数々の事柄を近隣の人々にしっかり伝え、互いに健康を維持できるよう助け合いたい。それが今の私の大切な役割」と、プロモーターとしての自覚を口にしました。住民を巻き込んだ水・衛生対策に関する設備の維持管理と、人々への衛生促進を並行して進めることが、ジェンの活動の柱になっています。
人生を歩むための活動
雑誌「アル・タリク」の最新号に隅々まで目を通す人々。キャンプ地生活では、同誌が貴重な情報源になっています
広大なキャンプで人々の心をつなぐ役割を果たしているのが、アラビア語の雑誌「アル・タリク」(「道」の意)で、いつか故郷に帰る道”が雑誌名の由来です。ジェンのサポートを受け昨年4月から、月1回約2万部が発行されました。現在は毎月約5000部を発行しています。シリアの若者を対象とした職業訓練を兼ねた活動で、18歳から28歳までの30人がジャーナリストの研修を受講。各自がテーマをもって難民を取材し、記事を書きます。
最新号が出来上がった日、記者たちとキャンプのメーンストリート「シャンゼリゼ通り」を配布に歩きました。雑誌は好評で、すぐに人々の手にとられ、店の軒先や道端に座り込んで読みふける姿も見られました。
「内戦の影響で大学を辞めてこのキャンプに来た当初は、何もやる気が起きずにキャラバンに閉じこもっていました。このマガジンを手にして『自分は孤独ではない』と分かりました。雑誌編集を通して今度は私が人々を勇気づけたい」。記者のマホメッドさん(20)は、同誌との出合いが人生を前向きに変えたと教えてくれました。
視察最終日、キャラバンで縫製の職に携わる女性を訪ねました。オンム・サーレムさん(48)。20歳から裁縫を始めたという彼女は現在、ジェンから布地や糸など材料を提供され、ポシェットや壁掛けなどを作っています。
「幸運なことに、私は今も縫製の仕事を続けることができています。故郷で家族を失ったというつらく悲しい記憶を、ミシンをかけている間は忘れることができます。友人や知人が私の作ったものを買い求めてくれ、家計の足しも得られています。ジェンの支援のおかげと心から感謝しています」
難民たちは、ジェンのプロジェクトを通じて傷ついた心を癒やし、自分の人生を再び歩もうと懸命に努力していました。プログラムオフィサーの二村輔さん(33)は、「難民の人たちが、生きる意欲を失う要因は、物や設備の不足よりも、何もやることのない状況にあるのではないかと考える時があります。『キャンプでは、ゆっくりと死を待つのみだ』と聞いたことがあります。そんな言葉を人々が口にしなくてすむよう、やりがいや生きがいを見つけられるような支援のあり方を探りたい」と課題を語りました。
現地スタッフを務めるヨルダンの若者たち。「シリアの人々はきょうだい。少しでも力になりたい」と口をそろえます
メモ
雑誌『アル・タリク』の編集会議では、「健康」や「スポーツ」など記者それぞれの担当テーマから企画案が寄せられます
特定非営利活動法人ジェン(JEN)
1994年に設立され、「心のケア」と「自立して生きるためのサポート」を活動方針に、世界各地で紛争や内戦、自然災害で苦しむ人々への支援活動を展開しています。ヨルダンでは、ザータリ難民キャンプで水衛生分野の諸活動に取り組むほか、緊急衣料配布、難民の約8割が暮らすホストコミュニティーへのサポート(ヨルダン国内の全公立学校における水衛生環境の改善など)を行っています。
ホームページ:http://www.jen-npo.org/
井戸から給水するタンクローリー。外部から搬入した水と合わせ、1日に360万リットルがキャンプ内に配水されます
キャンプ内の公衆トイレを修理するジェンのスタッフ
水供給ネットワーク構築のために設置された大型タンク群。将来、同タンクからパイプラインを通して各世帯に水が供給されます
子どもたちは、ジェンスタッフから手洗いのほか、適切な歯磨きの仕方も指導されます
「裁縫仕事をしていると、故郷での悲しい出来事が忘れらます」とサーレムさんは静かに語りました
ユニセフによるブリーフィングでは、水衛生専門家のカマラ氏からジェンへの期待が寄せらました
新設された大型タンク前で、水供給ネットワークの仕組みを説明するジェンのエンジニア
(2015年9月10日記載)