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2016年05月16日 新潟・旧山古志村で新宗連「第3回新生復興祈念集会」

2004年の新潟県中越地震で甚大な被害を出した旧山古志村(現・長岡市)の復興の歩みを学ぶため、5月16、17の両日、同地で新日本宗教団体連合会(新宗連)の「第3回新生復興祈念集会」が行われました。加盟教団から24人が参加。立正佼成会から庭野光祥次代会長(同理事)、根本昌廣宗教協力特任主席(同評議員)が参加しました。

同地震で旧山古志村は、震度6強を記録。道路などライフラインの寸断により村内の全ての集落が孤立し、2200人の全村民が市内へ避難する「全村避難」となりました。その後、「帰ろう山古志」を合言葉に村民が団結するとともに、行政も、伝統や人のつながりなど地域の特性に合った復興計画を推進。村の文化の象徴である地場産業の養鯉(ようり)業や闘牛の再開に力を入れながら、NPOやボランティアなどとの交流も進められ、再生が図られました。現在、全国から多くの観光客が同地に足を運びます。
16日、山古志地域を訪れた一行は、震災の記録や復興の様子を伝える、地域振興の拠点「やまこし復興交流館 おらたる」を見学。同地域の再生を願う「希望の鐘」の前で震災犠牲者への追悼、復興を祈念した後、地震の際、土砂崩れに伴う河川の氾濫で水没した家屋が現存する木篭(こごも)集落などを視察しました。
翌17日は、市内のホテルで『山古志村全村避難の決断と復興への結束』と題して元山古志村村長の長島忠美復興副大臣による講演が行われました。長島氏は、震災当時の状況と「全村避難」の決断に至るまでの経緯を説明。また、帰村に併せ、集落ごとに仮設住宅や復興住宅の建設を進めることで村民同士が震災の不安や悲しみを共有でき、村の従来の自治を生かすことで村民主体の復興が実現できたと話しました。
一方、人のつながりが薄れてきている日本の社会状況に懸念を示し、「人間同士の心の結びつきを大事にできる社会をつくることが、災害に強い国をつくること。そのためにも、宗教者の皆さま方には心のつながりの大切さを伝える役割を担って頂きたい」と、宗教界への期待を述べました。

(2016年6月 2日記載)