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2004年02月07日 教育者教育研究所35周年記念大会で「教育基本法」をテーマに対論

2月7、8の両日、法輪閣を主会場に行われた教育者教育研究所の設立35周年記念大会で、『教育基本法を考える』と題して、高橋史朗・明星大学教授と市川昭午・国立学校財務センター名誉教授による対論が行われました。教育基本法改正の動きに対する両氏の見解の要旨を紹介します。

【高橋史朗氏】 
日本はこれまで二つの大規模な教育改革を行いました。一つは、明治時代の近代化に伴った教育改革。もう一つは、戦後の民主主義を理念とした教育改革です。教育現場でさまざまな弊害が出始めている現在、さらに第三の教育改革が強く求められています。今、ここで大切なのは、単に過去を否定するだけでなく、明治時代や戦前に行われていた教育の良い点を引き継ぎながら、そのマイナス面を補っていく「補完的進歩」の考え方です。つまり、バランス感覚を保ちながら改革を進めていくことが肝要です。私と公、精神と物質など、日本人がこれまで大事にしてきたバランス感覚をあらためて見直し、それを座標軸にして、一人ひとりが教育に関心を持つ。そうした観点から教育基本法のあり方についても積極的に議論してほしいと思います。
制度的な改革と同時に、子供たちを教育する教師や親の意識改革も大切です。たとえ、今、議論されている「宗教的情操」や「国を愛する心」、「公共の精神」といったものを理念に掲げても、そうした精神が実際に学校や家庭で生かされなければ意味がないからです。以前、講演の中で、参加者に「子供に『おはよう』とあいさつしていますか」と尋ねたら、実践していない人がほとんどでした。基本的なコミュニケーションさえ図れていないのに、子供に人間として大切な心を伝えることができるでしょうか。道徳心やいのちに対する畏敬の念なども単に言葉だけで伝わるものではありません。子供たち自身が体験を通して実感し、学んでいくものです。そのためにもまず、私たち大人が身近な生活の中で自ら範を示し、その後ろ姿を通して子供たちを感化していくことが大切ではないでしょうか。

☆プロフィル
たかはし・しろう 1950年生まれ。早稲田大学大学院修了後、スタンフォード大学フーバー研究所客員研究員、臨時教育審議会専門委員、国際学校研究委員会委員、神奈川県学校不適応(登校拒否)対策研究協議会専門部会長、青少年健全育成研究会座長を経て、現職。著書に『感性を活かすホリスティック教育』(広池出版)『「学級崩壊」10の克服法。』(ぶんか社)など多数。


【市川昭午氏】

昭和23年に廃止された教育勅語や現行の教育基本法には、人間の守るべき規範としてさまざまな徳目が盛り込まれています。中央教育審議会(中教審)が昨年3月にまとめた中間答申にも、「国を愛する心」や「公共の精神」といった徳目が新たに盛り込まれました。こうした徳目自体は人間教育の上でとても大事なことです。しかし、教育基本法は、教育政策や学校教育のあり方を規定する法律であり、私は、法律と道徳は基本的に違うものだと考えています。法律は人間の行動を律するものであり、道徳は人間の心を律するものです。確かに両者は密接に関係し合っていますが、明確に区別されるべきです。したがって、公教育としての学校教育と、家庭教育を含めた幅広い意味での「教育」とは分けて考えるべきではないでしょうか。そうした意味で、教育基本法に徳目を盛り込むことには疑問を感じます。
現実的な効果を考えても、徳目の数を増やしたからといって、それほど変化があるとは思えません。実際、「国を愛する心情」という言葉が学習指導要領に明記されていますが、どれほど効力があるでしょうか。現在の社会的混乱や教育の荒廃を法改正によって解決しようとする心情は理解できないでもありません。しかし、教育基本法の文言を変えただけでは現状の改善は望めません。具体的な施策を講じ、子供たちと触れ合う親や教師が自らの姿勢を省み、日ごろの生活で子供たちと人間味豊かな触れ合いをすることの方が現実的で、効果があると思います。同時に、道徳関係の団体や宗教団体の活動も今、大きな意味を持つと考えています。

☆プロフィル
いちかわ・しょうご 1930年生まれ。東京大学大学院修了後、北海道大学助教授、国立教育研究所第二研究部長、同教育政策研究部長、同研究所次長、国立財務センター教授、同研究部長を歴任したあと、現職に。教育基本法のあり方を審議した中教審基本問題部会の臨時委員も務めた。著書に『教育基本法を考える』(教育開発研究所)『未来形の教育』(同)などがある。

(2004.02.20記載)