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2005年03月11日 立正佼成会が「臓器移植法改正案に対する提言」を発表、自民、民主両党に提出

本会は3月11日、山野井克典理事長名による「臓器移植法改正案に対する提言」を発表し、同日、今井克昌・中央学術研究所所長と松原通雄外務部長が参議院議員会館と衆議院議員会館を訪れ、自民党「脳死・生命倫理および臓器移植調査会」の佐藤泰三会長、民主党の仙谷由人・政策調査会長に提出しました。「臓器の移植に関する法律」(臓器移植法)改正案(自民党案)の今国会提出の見込みが強まったことを受けたもの。現行法は「移植の場合に限り、脳死を人の死」と認め、「本人の提供意思の表示と遺族の同意」を条件に臓器提供が行われてきました。しかし、改正案では、「脳死を一律に人の死」とすることを前提に「本人の意思表示なしでも遺族の承諾だけで臓器提供できる」としています。現行法の成立にあたっては同研究所生命倫理問題研究会が平成6年6月、「『臓器の移植に関する法律案』に対する見解書」を発表。脳死を一律に人の死としないこと、臓器提供における本人の意思の尊重などを要望しました。今回の「提言」では改正案の問題点を指摘し、国民的議論が進んでいない中で拙速な改定を行わないよう求めています。 

平成9年に成立した現行法では、人間の死は従来通り、三徴候(心臓の鼓動と呼吸が停止し、瞳孔が開く)によって判断されるものであり、移植の場合に限ってのみ脳死を人の死と認め、本人の提供意思の表示と遺族の同意を条件に臓器移植を行うとしています。「移植に限り、脳死は人の死」「本人の意思の尊重」は、臓器移植法案が同6年4月に初めて国会に提出されて以来、さまざまな国民的議論、たび重なる法案修正を経て決定された基本理念です。
現行法も当初は、「脳死を一律に人の死」とし、「本人の意思が不明な場合は家族の忖度」で臓器提供ができる形で法案が検討されていました。しかし、「心臓が動いている人を死者とは思えない」「あたたかい体を死体として扱えない」など、脳死を一律に人の死として受容できないという意見が数多く上がりました。また、人権侵害が危惧されることや、インフォームドコンセントが医療の潮流とされる中で、「本人の提供意思を尊重すべき」との意見が法曹界や市民レベルから相次ぎました。
これに対し、本会では同年6月、中央学術研究所生命倫理問題研究会が「脳死を人の死と規定して臓器移植を推進しようとする法律案」には賛成できないとする「見解書」を発表。脳死による臓器移植を「緊急避難的な過渡期の医療である」とした上で、脳死を一律に人の死としないこと、臓器提供における本人の意思の尊重などを要望し、慎重かつ厳正な国会審議を求めました。
一方、今回の改正案は、従来の死の規定を覆し、「脳死を一律に人の死」とすることを再び前提としました。脳死判定は「本人の意思表示と家族の承諾を不要」とし、臓器提供は「本人の拒否の意思表示がなければ、遺族の承諾のみ」でできます。結果的に、現在は禁止されている15歳未満の臓器提供も可能になる法案です。
現行法施行から7年余が経つ現在、昨年8月に内閣府から発表された「臓器移植に関する世論調査」では、ドナーカードを所持している人の割合は10・5%。日本臓器移植ネットワークの報告では、脳死による臓器提供は36例(3月11日現在)となっています。現行法には、法の施行後3年を目途に見直しを行うとの条文があり、今回の改正案によって提供条件を緩和し、臓器移植を普及させるねらいがあるとされます。
しかし、現行法の施行後も、「脳死を一律に人の死」にすることについての国民の幅広い議論はほとんど行われておらず、コンセンサス(合意)を得られていない状況です。医学的見地だけで一律に脳死を人の死と決めることなく、各人の死生観、日本の文化的、社会的観点から考えていくべきとの意見は識者を中心に根強くあります。臓器提供条件についても、14年の内閣府の調査によると、「本人の提供する意思表示と家族の承諾が共にあること」が54%、「本人の提供する意思表示があること」が27・6%で、延べ80%以上の人が本人の意思表示は不可欠と答えています。一方、現行法の提供条件に対する意識を直接問う項目は、昨年の調査からは外されました。
このほど発表された山野井理事長名による「提言」は、昨年2月に自民党内で改正の動きがあると各紙が報じた直後から、中央学術研究所生命倫理問題研究会(座長・眞田芳憲中央大学教授)でのたび重なる慎重な議論を基にまとめられたものです。臓器移植を推進するためだけに、提供条件を大幅に緩和する改正案の問題点を指摘した上で、「現行法制定過程において見られた多様な見解、意見の相違は現在でも埋まっていない」とし、あらためて「脳死を一律に人の死」としないよう要望。臓器移植法の見直しにあたっては医学的視点のみならず、社会的、文化的、宗教的な視点から国民の幅広い議論を行い、厳正で慎重な対応を図るよう求めています。
11日、参議院議員会館での佐藤会長との会見では、今井所長が提言を読み上げて改正案の問題点を指摘すると共に、国民のコンセンサスが得られていない中で、現状の必要性にだけ対応しようとする拙速な改定を行わないよう要望しました。臓器提供の際には、本人の提供の意思表示が不可欠であると求めたことに対して、佐藤会長は「ドナー(臓器提供者)の提供の意思は重要だと思う。慎重に議論し、人の尊厳は守っていきたい」と述べました。
このあと、衆議院会館で民主党の仙谷氏と会見。今井所長が自民党の改正案に触れ、本会の提言の趣旨を説明しました。これを受けて仙谷氏は、改正案通りに提供条件が緩和された場合に、「その後に何が起こるか予測しがたいものがある。いのちの商品化を引き起こす危険性がないとは言えない」との認識を示しました。
なお、本会が提言を自民、民主両党に提出したことは、翌12日付の毎日新聞、日本経済新聞で報道され、共同通信からも配信されました。

生命倫理問題研究会「提言」

はじめに

「臓器の移植に関する法律」(以下、「臓器移植法」という。)が施行されて、七年余が経過した。この法律は、施行後三年を目途に見直しを行うとの附則があることから、最近、各界から改正意見を表明する動きが活発化している。
 自民党の脳死・生命倫理及び臓器移植調査会では、平成十六年二月二十五日、臓器移植法の改正案(以下、「自民党改正案」という。)をまとめ、これをさらに超党派の生命倫理研究議員連盟(中山太郎会長)と調整の上、超党派の有志による議員立法として国会での提案を目指している。
脳死・臓器移植は、一人の人間の死を前提として他の人の生命を救うという特殊な医療行為であって、わが国の国民性や伝統文化になじみにくいと考えられる。それだけに現行法の制定にあたっては、臨時脳死及び臓器移植調査会(以下、「脳死臨調」という。)を設けるなどして、死生観や立場をそれぞれ異にする人びとの間で多くの議論が重ねられた。
立正佼成会の付属機関である中央学術研究所においては、早くから生命倫理問題研究会を設け、脳死・臓器移植問題に関して宗教的・社会的・文化的洞察に基づく考究をくわえ、平成三年には脳死臨調に、平成六年には衆参議員各位に対して、それぞれ見解を表明した。
法案はいくたびか修正され、平成九年現行法が多様な見解を含みつつ、いわば合意の結晶として、制定、施行された。
今回まとめられた自民党改正案は、臓器提供条件を大幅に緩めることによって、臓器移植の普及促進を狙いとする。しかし、そこには、従来慎重に議論されてきた死生観の論議を飛び越え、現行法の基本理念とする「本人意思の尊重」にも矛盾するなど、市民社会の一員として見逃してはならない根本的な問題が多々あることに、私たちは重大な危惧を抱くのである。
臓器移植法の見直しにあたっては、医学的視点のみならず、社会的・文化的・宗教的視点から、各界各層による幅広い意見の交換が行われ、国民的理解と合意の下に慎重な対応を図ることが切望される。

一、自民党改正案の要旨
今回の自民党改正案の要旨は、次の五点である。  
(一)臓器提供における意思表示要件の変更   
現行法では、脳死で臓器摘出できるのは、提供者本人が提供の意思を書面で表示し、遺族がそれを拒まない場合に限られる(六条一項、二項)。法的に意思表示できないとみなされる十五歳未満の者は、対象外とされる(厚生省令)。
 改正案は、「本人の拒否の意思表示がなければ、遺族承諾のみで臓器提供を行いうる」とする。結果的に、十五歳未満の者からの提供も可能になる。
(二)脳死判定における意思表示要件の変更
現行法では、本人が前項の意思表示に併せて、脳死判定に従う意思を書面により表示し、家族がそれを拒まない場合に限られる(六条三項)。
改正案は、「本人の書面による意思表示及び遺族承諾を不要」とする。
(三)小児脳死判定基準(新設)
現行の脳死判定基準(六歳未満の者を対象外)に加え、「生後十二週から六歳未満の者の脳死判定について、小児脳死判定基準を設ける」こととする。
(四)移植医療に関する啓発及び知識の普及(新設)
臓器を移植術に使用されるために「提供する意思の有無を運転免許証及び医療保険の被保険者証などに記載できる」こととする。
(五)親族への優先的提供(新設)
移植機会の公平性を確保しながらも、「本人意思の尊重の観点から、親族に対して臓器を優先的に提供することを認める」こととする。

二、自民党改正案の問題点
この自民党改正案には、次のとおり多くの根本的な問題点がある。
(一)脳死を一律に「人の死」とすることについて
改正案の狙いは、本人が拒否していない限り、年齢を問わず、遺族の承諾で脳死での臓器提供を認めることにある。 臓器提供者を生前に「承諾した者」から「拒否しなかった者」に変えることにより、意思表示しなかった者及び意思不明の者は「拒否しなかった者」として扱われることになり、多数の国民を臓器摘出の対象者とすることができることになる。
しかしこの発想は、「脳死は人の死」と考えなければ成立しない論法である。「人の死」は生物学的視点のみでなく、各人及び社会の価値観、文化的風土など多様な視点から考究されなければならない。
さらに、脳死に対する医学的解釈の変化もある。たとえ脳死の状態であっても心臓が動き、血液が循環し、代謝が行なわれている温かい人間の身体を死体とは認めがたい。
わが国では、「脳死は人の死」と考える人よりも、脳死は人間が死に至る過程に過ぎないと考える人、及びまだ考えを決めていない人が多い。
(二)本人の意思表示の尊重
現行法は、「本人の意思尊重」を基本的理念に掲げている。
さらに「脳死は人の死」と一律に決めることなく、提供者本人が移植のために臓器を提供する意思表示をしている場合に限り、死体(脳死体を含む。)からの臓器摘出ができるとしている。 
この場合の臓器摘出は、提供者の任意な意思によってはじめて可能となる医療行為であるから、本人の意思表示は必須条件とされねばならない。
臓器提供に関する本人の意思には、承諾と拒否と判断保留の三つの選択肢が考えられる。また人間には意思表示しない権利もある。
しかし、改正案では、本人の判断保留を含めて意思不明の場合は、遺族の承諾があれば、「拒否しなかった者」として一律に臓器摘出の対象になる。
なお平成十四年七月の内閣府世論調査では、臓器提供の条件として、八一・六パーセントが本人の提供する意思表示が必要と答えている。
(三)十五歳未満の者の意思表示
本人の意思表示は、十五歳未満の者に対しても必要条件と考えられる。本人の意思表示を可能とする適切な法的措置がとられるべきである。
(四)脳死判定における意思表示
医療において、医療者による医療行為の説明と、これに対する患者の同意(インフォームド・コンセント)は医学界の趨勢である。患者の苦痛及び危険をともなう脳死判定においては、ことさら配慮されるべきことである。
(五)小児脳死判定基準
小児の生命力・回復力は成人のそれとは異なるので、小児脳死判定基準の制定及び適切な運用はきわめて難しい。また本人の意思表示のあり方など解決すべき多くの条件があり、慎重な対応が望まれる。
(六)移植医療の定着
移植医療の定着のためには移植医療に対する国民の正しい認識と理解及び医療不信の払拭など法的基準の緩和以上になすべきことが多い。

三、提言
以上の考察を踏まえ、臓器移植法の見直しにあたって、私たちは次のとおり提言する。
(一)「死」の定義
脳死を一律に「人の死」とすることをしない。生命個体としての人間の死は、従来どおり、心拍停止・呼吸停止・瞳孔散大の三徴候をもって見るのが、最適と考える。
臓器移植の場合は、本人の意思を尊重し、各人の死生観にゆだねる。
(二)本人の提供意思
脳死と判定された人体からの臓器移植は、本人の任意による提供の意思を尊重して法的に容認された医療行為であるから、本人の提供意思を必須条件とする。本人の意思表示がない場合及び不明の場合は、従来どおり、臓器摘出はできないものとする。
(三)十五歳未満の者の意思表示
十五歳未満の者の意思表示については、親権者の承諾を含めて、適切な法的措置を講ずる。六歳未満の者については、臓器摘出の対象から除く。
(四)脳死判定
脳死判定は、従来どおり、本人の書面による意思表示及び家族承諾を必要とする。
(五)移植医療に関する啓発及び知識の普及
移植医療に関する啓発及び知識の普及については、人道的・文化的・社会的見地から、各界の合意を得て適切に推進されるべきである。
(六)医の倫理と総合的な医療福祉対策
医療の仁術としての倫理観と信頼の回復を基調とした全人的な医学教育の充実、臓器移植に代わる医術の研究開発など、文化福祉国家に相応しい総合的な医療福祉対策が推進されなければならない。
(七)国民的理解と協力
脳死臨調及び現行法制定過程において見られた多様な見解、意見の相違は現在でも埋まっていない。脳死を人の死とすることにしても国民のコンセンサスが得られておらず、先に提出した『見解書』の主旨が考慮されていないことに憂慮を抱いている。ましてや現状の必要性にだけ対応しようとする拙速な改定は危険である。相異なる意見や立場の人びとが十分に論議を尽くし、国民的理解と協力の得られる対応が望まれる。
むすび

臓器移植法の在り方は、各国の国民性、科学技術、医療水準、精神文化、宗教事情など社会的・文化的要因に大きく依存するばかりでなく、各個人の死生観、倫理観、価値観など、人間存在の意義に深くかかわっている。
臓器移植法の見直しにあたっては、国民各界各層の意見と協力を幅広く取り入れ、わが国の文化福祉国家として相応しい医療制度の実現に最善を尽くされることを、立法・行政の諸機関をはじめ関係各位に対して、私たちは衷心から要望する。

以上

平成十七年三月十一日
立正佼成会    
理事長 山野井克典

(2005.03.18記載)